フットボールファンの間では、Jリーグウォッチャーとしておなじみの平畠啓史。数十年に及ぶ観戦歴を持つ彼が、各地方を回って感じたJリーグ偏愛者ならではの目線で魅力を語る。今回注目したのはフットボールに欠かせない個性的なチャント(応援歌)の数々。これを読んだらあなたもスタジアムに行きたくなるはず!

 

2022年、日本を代表するミッドフィールダーの一人、阿部勇樹の引退試合が埼玉スタジアム2002で開催された。スタジアムには現役時代、阿部勇樹とともにプレーした多くの選手が集まった。浦和レッズのサポーターはかつて浦和レッズに所属した選手達が久々に埼玉スタジアム2002でプレーすることに大喜びだったが、選手達も久々にこのスタジアムでプレーできることに喜びを感じ、興奮していることが表情から伝わってきた。 

かつて、浦和レッズでプレーし、現在は大分トリニータに所属する梅崎司もその一人。久々の埼玉スタジアム2002に興奮していたし、ゴール裏のサポーターも梅崎を応援できる喜びを表現し始めた。スタジアムには梅崎司のチャントが響いていた。すると、梅崎司は自分のチャントが歌われている瞬間にゴールを決めた。ピッチとスタンドが共鳴した瞬間。グルーヴ感は最高潮に達した。

フットボールとチャント(応援歌って言ってもいいと思う)は切っても切り離せない。コロナ禍の無観客での試合は本当に物足りないものがあった。スタンドから生み出される熱がなければ、フットボールは作品として完成されない。そして、Jリーグには味わい深いチャントが数多くある。

思わず口ずさみたくなる個性的なチャントの数々

意識しているわけではないが、昭和生まれの私にとって、昭和の曲を元にしたチャントはどうしても心が揺さぶられてしまう。昭和の人たちが作った、演奏したもしくは歌った楽曲が後々、スタジアムで歌われるなんて、当の本人は微塵も思うことはなかったと思うが、テンポやテイストそして姿を変えながらも、昭和の名曲は現在も受け継がれている。

 

FC東京『You’ll never walk alone』

FC東京は試合前、You’ll never walk alone(略してユルネバ)の大合唱が恒例行事。歌の入りはゆったりとしているが、尻上がりに盛り上がっていく感じに、歌詞はわからなくてもなんだか泣きそうになる。そしてFC東京がゆえに東京に関する歌も多い。東京ラプソディーやゴール後に歌う東京ブギウギ。がっつりの昭和感で若いサポーターの中には原曲を知らない人もいるかもしれないが、そんなことは何の問題もない。原曲からチャントが一人歩きし始めたらチャントの勝ちと私は訳のわからぬことを考えている。ラジオから東京ラプソディーが流れてきて、うちのチャントをパクってんじゃん!と若いサポーターが言ったら、世代を超えた証である。個人的には、やしきたかじんの「東京」や矢沢永吉の「東京ナイト」もチャントにならないかなぁと思っているが、とにかくFC東京のチャントはノリが良い!

 

川崎フロンターレ『明日も』

昭和の楽曲ではないが、クラブ、ファン、サポーターとアーティストを繋ぐ名曲も多くある。川崎フロンターレのサポーターが歌う、スリーピースロックバンドSHISHAMOの「明日も」をモチーフとしたチャントはノリも良く、選手を後押しする感じが半端ない。SHISHAMOのメンバーも川崎フロンターレのファンという最高の関係性。「明日も」のPVが撮影されているのも川崎フロンターレのホーム、等々力陸上競技場。♪月火水木金 働いた♪や♪痛いけど走った 苦しいけど走った♪など、そもそもの歌詞が週末のJリーグを楽しみにしている人たちの共感を呼ぶもので、何十年、何百年の歌い継がれてほしい楽曲である。

 

ベガルタ仙台『スウィンギン・ニッポン』

ベガルタ仙台のサポーターは「スタンディング・センダイ」というチャントで選手を後押しするが、原曲は氣志團の「スウィンギン・ニッポン」。東日本大震災が発生し、Jリーグは中断することを余儀なくされたが、再開後、ベガルタ仙台のホームゲームのハーフタイムに氣志團が登場し、サポータースタンドに向かって「スウィンギン・ニッポン」いや、サポーターが歌っている歌詞の「スタンディング・センダイ」を披露。「ベガルタ仙台のサポーターのみんなにお礼を言いたいんです。俺たちの曲、スウィンギン・ニッポンを応援歌として使ってくれて、本当にありがとうございます」。歌を披露した後、綾小路翔はサポーターに気持ちを伝えた。ハーフタイムの余韻、氣志團の余韻は後半開始後もしばらく続いていた。

 

ヴァンフォーレ甲府『プロポーズ大作戦 テーマ曲』

2022年、天皇杯を制したヴァンフォーレ甲府の昭和感溢れるチャントはゴール直後。歌詞はない。メロディーを歌い、最後にYeah!と叫ぶ。何を歌っているかというと、昭和に放送されていたバラエティ番組「プロポーズ大作戦」のテーマ曲。なにわのモーツァルトとして誰もが知るキダ・タロー大先生作曲の名曲だ。恋愛番組のテーマ曲は高揚感が半端ない。ゴールの喜びが昭和の名曲の力を借りてスタジアムを包み込む最高の瞬間である。

 

愛媛FC『ダンシング・ヒーロー』

 

かつて愛媛FCでプレーしていたフォワード、西田剛のチャントの歌詞は「ゴール にしだごう にしだごう ゴーゴー にしだごう」というものだが、この歌詞を荻野目洋子のダンシング・ヒーローに乗せて歌うチャントは絶品。特に♫シンデレラボーイ♫のところに「にしだごう」をはめ込むために、「に」の後を伸ばし「に~しだ」と持っていき、弾ける♫ボーイ♫のところに「ごう」という語感の良さをはめ込んだのは秀逸。文字数の微妙なズレが、独特のアクセントを生み出した。西田剛がシュートを打つたびに、脳の奥の方でチャント待機状態になっていたのは言うまでもない。

 

松本山雅FC『ギンギラギンにさりげなく』

松本山雅FCでプレーしていた時の前田直輝のチャントはマッチこと近藤真彦の「ギンギラギンにさりげなく」。♫ギンギラギンのドリブルが前田直輝のやり方♫ギンギラギンのドリブルって何だよなんて真面目なことを言うのは愚の骨頂。前田のドリブルはキレキレで輝いているのでギンギラギンと言っても何も問題ない。♫そいつがおれのやり方♫と歌うとき、「おれ」の「お」の部分にアクセントがあり強調しているので、「まえだな」まで平板で来て「お」を強調する。「まえだ なおき」という名字と名前が「まえだな お~き」と分割される感じがクセになる。

 

アビスパ福岡『ジュリアに傷心』

2023年、ルヴァン・カップを制したアビスパ福岡。J1とJ2を行ったり来たりするシーズンが続くこともあったが、長谷部茂利監督がチームを率いるようになって、チーム力は安定。ルヴァン・カップ制覇はアビスパ福岡にとって初タイトルとなった。このアビスパ福岡で国見高校卒業以来、ずっとプレーを続け、今年で20年目になるのが城後寿。まさにアビスパ福岡のキングである。城後寿は久留米出身で、チャントは同じく久留米出身のチェッカーズの名曲「ジュリアに傷心」が原曲。♫Oh my 城後 届いているかい 俺らの熱い声 Oh my 城後 久留米のモンなら 行け!撃て!魅せてやれ!城後♫ 選手個人のチャントの中でも完成度の高い一曲。メロディーの美しさはもちろん歌詞から城後寿の背景も感じとることができる。久留米の奴でもなく漢でもなく「モン」というのがたまらない。あ~福岡に行きたくなってきました!

 

ロアッソ熊本を鼓舞した 『三百六十五歩のマーチ』

 

最後に、Jリーグの歴史の中でも忘れることができないワンシーンを。2016年、熊本で大きな地震が起こり、たくさんの被害が出た。ロアッソ熊本はホームスタジアムでの試合の開催が困難になり、柏レイソルのホーム、日立柏サッカー場(現 三協フロンテア柏スタジアム)で熊本地震復興支援マッチとして水戸ホーリーホックとの試合が開催されることになった。その試合前、ピッチに登場したのは熊本出身の水前寺清子さん。ロアッソ熊本のユニフォームを着た水前寺さんは、ピッチを歩きながら「三百六十五歩のマーチ」を歌った。地震後ということもあり、重苦しくなりそうな空気だったが、そんな空気を打ち破るかのように水前寺さんは明るくそして力強く歌を披露した。その明るさが、あまりにも感動的だった。スタジアムを手拍子が包み込み、スタジアムが一つになっていく。歌手そして人間としての水前寺清子さんの偉大さはもちろん楽曲の素晴らしさ。誰しもが勇気づけられ、前向きになれる。「三百六十五歩のマーチ」こそ「チャント」なんだと感じさせられた瞬間だった。

 

 

フットボールに歌は欠かせない。前奏も伴奏もないのに、コールリーダーの合図と太鼓の音だけで、誰かに頼まれたわけでもないのに、社長や受験生や仕事がうまくいかない人や恋に破れた人が一つになって大声で歌う瞬間が他にあるだろうか? フットボールそして歌の本質がチャントにはある。