純喫茶や猫をはじめ、こよなく愛するものを惜しみなく発信するモデル・文筆家の小谷実由。「好き」な気持ちを大切に日々過ごす彼女が今、無我夢中で収集するほど偏愛しているのが<櫛>。連載の合間にもその数は増え、現在は200本超え。第4回は、彼女のハンティング現場に迫ります。

 

 

そんなにたくさんの櫛、一体どこで見つけるの?これは、いつも集めている櫛の本数を伝えると次に聞かれる質問。答えはとってもシンプルで「いろんなところから!」。自分の足だけではなく旅に出た友人たちなどの力添えもあって、遠いところではチリやエジプトなど、様々な場所から私の元にやってきます。世界のいろんなところに私の琴線に触れる櫛が存在しているのです。

今まで集めてきた214本の櫛たちの中で一番多い出身地はシンガポールだと思う(ここで言う出身地はMADE IN ◯◯的なことではなく、買った場所のこと)。1番最初に出会った櫛があったのは、シンガポールにあるインド人街・リトルインディアのアクセサリーやヘア雑貨を扱う店でした。櫛を集めよう!と思い立ってからはタイや台湾などのアジアの国に行くたびに、バラエティ雑貨を扱うお店や、ドラッグストア、町のホームセンターのようなお店に片っ端から入店してチェックしていました。それまで櫛なんて一度も目に留めたことがなく、もちろんそれを目掛けて探したこともない。でも、意外とたくさんの種類が1つの店に置いてあるものなんだということに驚きました。櫛って、意外とみんな使っているんだなぁ。

そんなおそらくどんな国の日常にも必ずある櫛。別に使ってるわけじゃないんだし、出会ったものを写真に記録するだけでもいいのでは?と思う方もいると思います。もちろん写真に記録して眺めて楽しむことは気軽に櫛を愛でることができる行為で大好きですが(心に余裕がない時などに電車で移動しながら眺めている)可能なら手元に実物を持っておきたい。写真だけ持っていてもなんだか自分の思いが乗ってこず他人行儀に思えてしまうのです。その櫛を手にしたとき、その質感やフォルムに触れた瞬間に一気にそれと出会ったあの場所にタイムスリップできるような感覚に陥るのです。丸みを帯びたフォルムに、ギザギザの歯、マットな質感やつるりとしたもの、そんな手触りも魔法の道具のようではありませんか?

 

リトルインディアの櫛の店の前で。満足そうな顔である。1番最初に買った櫛の色違いが2年後にもまだありました。

集めている櫛の中で、一番多い出身地はシンガポールと言いましたが、その中でも特に多くの櫛を買っている店は、1番最初に出会った櫛の店からほど近くにあるムスタファセンターという巨大なバラエティショップ。お菓子や置物などの観光客向けのお土産はもちろん、地元の人たちのための食品、服、電化製品、化粧品など、ここに売っていないものはないんじゃないかと思わせるほどなんでも売っているお店で、まさにシンガポール版 ドンキ。そんなこちらの櫛コーナーは、そびえ立つ大きな商品棚の一面が全て櫛で埋まってしまうほどの品揃え。他の国からの移民も多いシンガポール、きっと髪質や好みも様々だからでしょう。そこに、よっこらせ…としゃがみ込み、さてどれにしようかしら~と吟味する時間が、櫛ハントをしている中で最も幸せな瞬間かもしれません。櫛コーナーの前でずっと座り込んで一人キャアキャア言いながら櫛を大量に購入しようとしている邦人女性をシンガポールの方々はどんな目で見ているのか気になるところです。

大抵は、レジで変な目で見られるだけで終わるのですが、あるお店ではお土産用にたくさん購入していると思われ「10本買ったら2本おまけよ!」と言われたり(その時の私の心の声:私は選りすぐりの8本を持ってレジに向かっているのに)、先日台湾の住宅街でたまたま通りかかったひっそりと佇む100均的なお店では、店のおじさんに爆笑されながら何かすごい勢いで話しかけられました。言葉がわからず何を言っていたかはわからないけど「お前そんなにたくさん買ってどうするんだ!?」というようなニュアンスな気がしました。ただでさえ観光客が来るような店ではないのに、そいつは同じ形の色違いの櫛を何本も持ってレジにやってきた。そりゃ思わずそんなことも言われるだろうな~と思いましたが、お土産と勘違いされた時も何かを話しかけられた時も私が返す言葉はただ一つ「(満面の笑みで)THIS IS コレクション!」。

当の私も櫛を集めている人に未だ出会ったことがないので、この返答でちゃんと理解してもらえているのかは謎ですが、私は世界中どこにいても高らかにこの言葉でこれからも乗り切るつもりです。

 

櫛ハントに精を出している自分の姿を唯一キャッチされていた写真。こちらはタイ・チェンマイの市場にて。器が売ってる中に突然櫛が現れました。

海外で買う櫛で楽しみなことといえば、なんと言ってもパッケージ。透明のビニールに入れられたシンプルなものも多い中で、それと同じく多く見られるのが日本語の記されたものです。日本語が記されているからといって日本製ではありませんし、もちろんMADE IN JAPANなんて表記もありません。ただ、なぜかパッケージには日本語が書かれている。どうして日本語なんだろう、しかも、よく読んでみるとすごくはちゃめちゃだ!!

 

”グッドグリップ、より多くの髪、櫛、頭皮、髪なし”…???

本気で解読しにかかろうとすると迷宮入りするものが多く、でもなんだか愛おしい。日本語に安心感のようなものを感じてくれているのでしょうか、日本語があるとちょっと質が良く見えたりとかしてしまうのかな~と、ありがたいような、それって大丈夫なのか?やら、いろんな感情が生まれてきます。

 

 

でも、子供の頃“CUTE GIRLS”のような英語ロゴのTシャツにすごく魅力を感じて自信満々に私も着ていたし(すごく一張羅だった)、なんだか日本語を使っちゃう気持ちもわかるような気もしてきたぞ。そんな思いから、日本語が使われたパッケージを発見すると熱心に読み耽ってしまいます。そういえば、大人になった今は“上海”と書かれた古着のTシャツを持っています。それが欲しくなった時と同じ気持ちできっとみんな日本語パッケージの櫛を手に取るのかもしれない。

 

 

 海外には本当にいろんな種類の櫛がある。私が集めている櫛の中には、いまだに使い方がわからない櫛が。それに出会ったのは2度目にシンガポールに訪れた時。到着後すぐに先述のムスタファセンターへ向かい、櫛コーナーを訪れると、上下に丸みのついた長方形のような形で、両側共に細かい歯のついた形の櫛がたくさん並んでいるではありませんか。大体の櫛は一辺にしか歯がありません。それが両脇に歯がある。変だ!これ、どうやって使うの??シンガポール特有の形なのか、はたまた昔ながらの形なのか。双方に詳しそうなシンガポール人の友人Aちゃんにも使い方を聞いてみましたがわかりませんでした。しかし、見た目はとても可愛くて気に入ったので、好きな色を選んでいくつか買うことに。

後日、シンガポールの街を歩いていると、整髪料で艶々のカッチリヘアスタイルのダンディなおじさんを発見。バイクに腰かけてサイドミラーを熱心に覗き込みながら髪を梳かしている!そしてヘアを整えるのに使っていたのは、あ!あの変な形の櫛だ!!!ぴっちりと細かい歯が並んだ櫛なので、バッチリキメるにはぴったりでしょうね。納得納得。ダンディな紳士のマストアイテムだったのか~!と無事スッキリ問題は解決したように思えました。

しかし、数ヶ月後。ところ変わって日本での動物病院(!)愛猫の定期検診に行った時のことです。よほど爪切りや診察がストレスだったのか一時的に愛猫の尻尾付近にフケが大発生。「ちょっとこれで取りますね~」と病院の先生が取り出してきたのは、あれ!?どこかで見たことがある!あの変な形の櫛だ!!なんと、日本では(この病院だけかもしれませんが)動物のブラッシングに使われているではありませんか。「はっ、うちにもこの櫛あります…!」と思わず言ってしまいました。確かにあの細かい歯は抜け毛やフケもよくキャッチしてくれそうです。ただ、我が子のように大事な櫛コレクションから、いくら我が子のような愛猫のためとはいえ、あの形の櫛からブラッシング用を捻出する勇気はないのでした…。紳士の必需品か、猫の必需品か。謎は深まるばかり。使用目的で集めているわけではないので困りはしないのですが私の中で不思議な存在の櫛です。

 

見た目がとてもかわいい謎の櫛。他に使い方を知っている方はぜひ教えてください。

最近は、国内でも櫛を見つける楽しさを少しは見出してはいるものの、これらの刺激的なコミュニケーションや出会いに勝る楽しさはなかなかありません。やっぱり最初に出会ってしまった場所や、その地のカルチャーに近しい場所で探し続けてしまうことをやめられない。そんな気持ちも、ある意味初心を忘れていないのでポジティブに、そして愛を持って大事にしています。早くまたムスタファセンターで櫛コーナーの前に座り込みたい!