茨城県ひたちなか市にある国営ひたち海浜公園の「美しい青色の絨毯」の絶景で有名になったネモフィラ。

日本には四季折々の花を楽しむ習慣があり、春は桜に始まり、菜の花や芝桜、つつじ、ラベンダーに紫陽花、夏はひまわり、秋にはコスモスと花が埋め尽くす絶景は日本各地にあります。

そのなかでネモフィラはなぜこんなに突出して流行ったように感じられるのでしょうか?

背景にある、さまざまなドラマや理由、地味な扱いだったら青い花がインスタ映えの主役になるまでの経過を掘り下げてご紹介します。

ネモフィラとは?どんな花なのか?

実は日本では、10年前まではかなり認知度の低かったネモフィラの花。まずは、日本でネモフィラが有名になり、人気に至った歴史やどんな花なのかの概要をお伝えします。  

 

ネモフィラはどんな花?

ネモフィラはアメリカ・カリフォルニア原産の一年草です。秋に種をまくと4~5月頃に開花し、高さは10から20cmほどの株に直径2~3cmの小さな花が咲きます。

乾燥や寒さには強い丈夫な花で比較的育てやすいですが、暑さには弱い花です。家庭で育てる園芸分野では初心者向けの花で、手間はかからないほうですが、広大な土地の場合は、寒さから守るために霜除けシートで覆うなど目配りは必要です。

日本に渡ってきたのは今から百年以上前の1877(明治10)年。

花言葉は、愛らしい様子から「可憐」。また、比較的どこにでも根付いて花を咲かせることから「どこでも成功」という意味なども知られています。

 

ネモフィラに大行列&開園ダッシュ……ってホント?そんなに?
さて、2023年のGW前から、ネモフィラを見るために早朝から大行列し、開園ダッシュもすごいというTVやネットニュースを連日見て「そんなに人気なの?いつからそこまで多くの人を夢中にさせるようになったのか?」と驚いたもの。

確かに絶景とはいえ、花畑を見るためにそこまで……?

国営ひたち海浜公園以外にも、ネモフィラ畑を見られるようにしている公園はずいぶん増えているようです。ネモフィラを植えれば集客ができるのでは?と考える運営者も増えたのでしょうか。

ネモフィラをブームにした人々の熱意や想い、そして多くの人が夢中になる光景の理由を知りたくなりましたので詳しく紹介します。

引き立て役だったネモフィラがブームになるまで

ここからは、日本人にとってあまり知られていなかったネモフィラが、GWシーズンの観光スポットの主役になり、ブームになるまでの様子を解説します。  

 

国営ひたち海浜公園がブームを起こす  

国営ひたち海浜公園が、ネモフィラの植栽をスタートしたのは2001年。

2002年に1.5ha、200本万本のネモフィラ畑を公開して以降、徐々に面積を拡大し、現在は4.2ha、530万株ものスケールに。徐々に入園者数も増加しています。

入園者数は、2001年には年間90万人ほどでしたが、2017年には単月60万人超まで、2023年には1日で10万人超えの日も見られるほど人気になりました。

実は、国営ひたち海浜公園のある場所は、かつての日本軍の水戸東飛行場があり、終戦後はアメリカ軍により射爆撃場として長く使われていたところなのです。1973年に日本に返還されたあとに、1991年に平和を願う公園として一部が開園しました。今はネモフィラが鮮やかに彩る「みはらしの丘」は射爆撃場の標的があった場所です。

ネモフィラを植えたのは、当時の植物管理担当者がこの悲劇の跡地に、「丘と空を同じ色にすれば、過去も忘れられるくらい違う景色になる」と提案したのがきっかけだそう。数々の銃弾が撃ち込まれた跡地に、美しい青い花が咲いたと考えるとなんだか胸が詰まるような気持ちになります。

 

近年までは存在も地味な花だった

国営ひたち海浜公園で知られるようになるまでのネモフィラは、ガーデニングでは寄せ植えとして他のポピュラーな花々の引き立て役として用いられるほどで、非常に地味な存在として認識されていたようです。

しかし、ひと花ひと花は小さくて地味なのですが「広大な丘一面に植えることで、衝撃的といってもいい感動とインパクトを与えるのでは?」という国営ひたち海浜公園の試みが成功したのでしょう。

ひっそりと咲く、おとなしめな印象のネモフィラを、敢えて主役とする演出を実現させた意外性もブームの理由なのではないでしょうか。これも日本でも好まれるシンデレラストーリーかもしれませんね。

また、花の見頃情報などのプレスリリースをこまめに出す、混雑情報を知らせるさまざまな工夫を凝らして宣伝するという公園側の広報活動の努力の積み重ねも大きいようです。

 

「死ぬまでに行きたい!世界の絶景」で注目

国営ひたち海浜公園のネモフィラがここまでブレイクしたのは、2012年には「死ぬまでに行きたい!世界の絶景」の人気ランキングで、著名な世界の絶景の中で「世界11位」にランクインしたのがきっかけです。

「死ぬまでに行きたい!世界の絶景」は、現在は絶景プロデューサーの肩書きで活躍される試歩さんが、入社したネット系広告代理店の新人研修で立ち上げたFacebookのページです。72万人がいいねして話題になり、2013年に発売された書籍『死ぬまでに行きたい!世界の絶景』はシリーズ累計63万部を突破。この影響力は大きかったようです。

その後も、InstagramなどのSNSの普及に伴い、映える景色、シェアしたくなる絶景としてブームが加速。人気に火がついたのが2015年のGWです。北陸新幹線が開通するなどアクセスがよくなった影響もあり、公園の開園から初めて200万人を突破。Instagramから読み解くGWの人気スポットとして東京ディズニーランドなどを抑えて1位になった調査もあったほどです。

日本国内にとどまらず、アメリカのニュース専門放送局・CNNのWeb特集で「日本の最も美しい場所31選」にも「青の絶景」や「空と繋がる丘」として紹介されています。

 

GWの観光スポットとして各地でもネモフィラブームに

ネモフィラのブームはひたち海浜公園を皮切りに各地でも広がっています。主に広がりを見せたのは2019年から。

例えば大阪市此花区の「大阪まいしまシーサイドパーク」では、2019年から「ネモフィラ祭り」を開催。3.6haの敷地に、関西最大規模の約100万株のネモフィラを植え、大阪湾の海とネモフィラ、空が一体になる絶景で人気を集めています。

三重県桑名市の「なばなの里」でも2023年で4回目を迎える「ネモフィラまつり」を開催。こちらでは日本最大級である1.3万坪の花ひろばでネモフィラが見られます。

福岡県福岡市の「海の中道海浜公園」では、西日本最大級の150万株のネモフィラが植栽されています。こちらは1600本も植えられた桜の木とのコラボレーションが魅力で、淡い桜色と水色のハーモニーが目を惹きます。

また、熊本地震で被災した熊本県南阿蘇村の立野地区ではネモフィラの花言葉でもある「どこでも成功」を感じてほしいと復興を願って2022年にネモフィラを植えました。2023年に初めてその姿を披露して感動を呼び、話題になったところもあります。

東京都でも日比谷公園、立川市の国営昭和記念公園や稲城市の「HANA・BIYORI」などネモフィラを植える公園は多々あり、年々全国的に増えている印象です。

ネモフィラの魅力はどこなのか?

ここではネモフィラの花畑が多くの人を惹きつける理由をもう少し深く掘り下げて解説します。

 

ネモフィラ花畑の青色が絶妙    

実はネモフィラは種類によって色が違い、真っ白や紫と白などの色のものもあります。ですが、代表的な品種は「インシグニスブルー(insignis blue) 」。ちなみにインシグニスは卓越した、優れたなどの意味があります。

このネモフィラを等間隔で、数多くぎっしり植えたのが成功ポイントだったのではないでしょうか。ネモフィラの特性は、這うように広がり、たっぷりと花を咲かせることなので、群植させるとカーペットのように面を彩ってくれるのです。

満開になると、澄んだ青空のような淡さのある青色の小さなうつわをたくさん並べたような印象になり、それを遠くからみると春の空と花の青が溶け合う風景となり、これが絶景として人々を惹きつけたのです。

ネモフィラの花畑の間を歩くと、地上を離れて空中散歩をしている感じの写真が撮れたり、青色に全身が包まれる感覚が味わえるのも大きな魅力なのではないでしょうか。

 

単体でも名前もかわいい

ネモフィラはたくさんの花が咲く様子が映え、絶景として愛されていますが、単体でも愛らしい花です。

また、名前の良さもブランド力向上につながったのではないでしょうか。

ネモフィラの語源はギリシャ語。森の周辺に生息していることから、森のある牧草地、林間の空き地を意味する「νέμος (ネモス)」と、愛するを意味する「φιλέω(フィレオー)」を合わせた「森林の合間の空き地を愛する」を意味する園芸名です。この「ネモフィラ」は語感もよく、字面のイメージの良さや可愛いらしさも魅力になっています。

英語では赤ちゃんの青い目を意味する「baby blue eyes(ベイビーブルーアイズ)」という呼び名もありますがこちらもステキです。

和名はは、葉に細長い切れ込みがあって唐草模様に見えることから瑠璃唐草(るりからくさ)といいます。瑠璃は七宝のひとつで、艶のある青い宝石のこと。こちらも非常に美しい名前ですね。

 

限定アイスも人気!ネモフィラにちなんだ食も豊富

国営ひたち海浜公園では「ネモフィラブルーソフト」というソフトクリームをシーズンに合わせて販売。ほかにも、大阪まいしまシーサイドパークでは「ブルーアイ」という名前でシトラス風味の青いアイスを販売するなど、ネモフィラが見られる各地では、ネモフィラにちなんだスイーツを売り出しています。

国営ひたち海浜公園では、アイスだけではなく、ハーブのバタフライピーを利用し、ネモフィラカステラ、ネモフィラカレーなど、青色のフードを多数発売。

いずれも珍しさやインスタ映えするビジュアルの良いこともあって人気があります。ネモフィラ畑を眺めるだけでなく、ネモフィラモチーフの飲食が豊富にあり、食べ歩きなどができるのも、観光地の楽しみの要素の一つとして良かったのではないでしょうか。

そもそもなぜ皆「花畑」に行くのか?

数多くの花が織りなす絶景を求めてお出かけをする習慣やブームはもちろんネモフィラに限りません。

桜並木などから菜の花、つつじ、芝桜、ラベンダーや紫陽花、ひまわり、コスモスなどの花畑は常に人気。日本では四季折々に多くの花を楽しむ光景が各地で見られます。

 

非日常を求めて

花畑を見たいというのは、日々の気忙しい生活から離れ、非日常でリフレッシュしたい、浄化されたいという願望が満たされるのは大きいのではないでしょうか。日頃のモヤモヤやストレス、人間関係のわずらわしさなどから解き放たれ、自然の力に圧倒されたいという気持ちがあるかもしれません。

花畑は人の手間がかけられた美しいもので、毎年その時期しか出会えないというはかなさも魅力です。

また、平安時代から「お花見」「紅葉狩り」という習慣があるように、自然の持つ美しさをめでたいという気持ちや誰かとその良さを共有したいという文化は根強くあります。

ネモフィラの場合は、特にこの美しい青色に包み込まれることが、ヒーリング効果や浄化作用が高いような気がします。

 

季節感のある花を背負いたい

少女漫画でも、花を背負うとかわいらしく見えるのは定石。鮮やかに映える風景を背景に、自分たちの写真を撮りたいという願望と供給がマッチしたのも昨今のブームの理由の一つでしょう。

以前から、花畑や花の写真を撮りたいという写真が趣味の人は数多くいましたが、この10年はスマホで高画質の自撮りが楽にできるようになり、しかもSNSという発表の場も広まって、花を背景に自分や友達、恋人やペットとの写真や動画を撮れるスポットの人気が増しています。

季節感のあるプロフィール写真が撮れること、遠くまで行って手間をかけた感じを演出できるのも理由の一つではないでしょうか。

 

海外からも人気で観光客が急増

2017年頃からは日本の花の観光地がSNSを通じて世界的に注目され、花を見るために来日する人が増加したこともあります。特に四季の移り変わりが日本ほどではない東南アジアから訪れる人にはその傾向が強く、自国にはない花を求めて日本を訪れる方が増えました。観光各社も花を見るパッケージツアーを数多く販売したようです。

特にネモフィラは、暑さに極めて弱い特徴があります。「日本にしか存在しない海」などとも言われ、話題になった同じ景色を見たい、有名になった景色を背景に写真を撮りたいなど需要があったようです。

また、国内外問わず、一過性のブームに終わらずに人気が加速しているのは、リピーターもいますが「同じ景色を見せたい」「恋人や子どもなど、誰かと一緒に見たい」などの気持ちがあるのではないでしょうか。幸せな体験のシェアや憧れで人を呼び続けている印象です。

幸せの青い花畑はどこにある?

ネモフィラ畑に憧れていたものの、混雑するGWに渋滞を避けて行くのは大変そうだなあ…と思っていたのですが、比較的近くの公園にもあると知って訪れ、美しさを堪能。その後、実は、地元の交差点近くの三角帯にも植えられていたのを発見して驚きました。

有名な物語の「青い鳥」が実は家の中にいたのと同じように、案外身近なところにも幸せな青い花畑はあるのかもしれませんね。絶景に包まれる体験は格別ですが、その感動のあとに身近で素朴な花の美しさに気づけるのも、また人生を幸せにするヒントが隠れているのではないでしょうか。