全国各地の酒場を巡る酒場ライターのパリッコ。語り尽くせばキリのない酒場の魅力のなかでも、特に愛してやまないのが酒場で感じる「非日常感」や「旅情」。
そこでこの連載では、「酒場と出会う旅」をテーマに、予測不可能な旅の一部始終を追体験していく。第4回の舞台は「東京・淡路町」。

 

完全になんとなく

人によって考え方に違いはあるだろうけれど、僕は、旅に出るならばなるべく予定を決めず、行く先々での偶然の出会いを楽しみたいタイプだ。さらに憧れるのは、車や乗り放題切符などを使って、目的地すらも決めずに気ままに放浪する旅。ただ、日々の仕事や生活に追われて余裕のない身において、実行するのはなかなか難しい。老後の楽しみに……なんて思っていたって、いつかその時がやってきて本当にできるのかも怪しいものだ。

ただし、いつもの日常の範囲を小さく超えるだけの「酒場と出会う旅」ならば、ほんの数時間の空き時間さえあれば可能になる。しかも、規模が小さいから楽しみの度合いもそれに応じて小さくなるのかというと、まったくそんなことはない。それこそがつまり、なじみのない街に出かけ、未知の酒場に入ってみるという、僕がいちばん好きな酒の飲み方なのだ。

そこで今回は、家を出るまでまったく予定を決めないふらり酒の旅を実行してみようと思う。

ある日の午後、とりあえず家を出て、最寄り駅である西武池袋線、石神井公園駅へと向かう。そこから、完全に気分で池袋駅方面へ。巨大なターミナル駅だから、選択肢が多そうだと思って。

まずは池袋駅に到着し、よく知る駅ではあるものの、あらためて案内板を眺めてみる。JR、東武東上線、丸ノ内線、有楽町線、副都心線。今から、このなかのどの路線に乗ったっていいんだ。こんな自由が日常のなかにあったなんて。

ちなみに池袋駅までの車中では、その先、山手線に乗ってしまえば、いくらでも飲めそうな街があるだろうなと考えていた。けれども根が天邪鬼な僕は、現地に着くと気が変わってしまい、なんとなく、完全になんとなく、丸ノ内線に乗ってみることにする。

あとはどの駅で降りるかだけど、今はまだ昼間。霞ヶ関や国会議事堂前だと、さすがに飲める店は多くなさそうだ。四ツ谷から先になると、だんだん個人的になじみのあるエリアになってくる。茗荷谷……もしくは淡路町……うん、自分のなかでまったくピンとこないけれど、だからこそなんだかわくわくする響きの「淡路町」で降りてみることにしよう。

 

お稲荷さんのごりやく?

無事に淡路町駅で下車し、さて、気ままな酒旅の始まりだと駅構内の案内板を見て、ちょっと笑ってしまった。というのもこの駅、僕の好きな神田や、御茶ノ水、秋葉原などに囲まれ、どの駅までも徒歩でアクセスできる場所に位置している。つまり、普通に何度も訪れたことのあるエリアだったというわけで、長年東京で暮らしてきてそんなことも把握できていなかった自分のバカさ加減にあきれるばかりだ。が、とにかく淡路町からスタートする飲み歩きは初めてなんだから、これは立派な旅。

地上に出るといきなり目の前に、立ち食いそばチェーンの「ゆで太郎」があり、そこが新業態の「もつ次郎」を併設した店だった。名物のもつ煮をつまみに飲むこともできるらしい。ぶっちゃけ入ってみたいけど、せっかくやってきた街で、徒歩0秒で店を決めてしまうのもなんだし、ここは候補のひとつにして、もう少し散策してみよう。

すると、さすが日本屈指のオフィス街。時間が午後2時くらいだったこともあり、営業中の魅力的な飲食店がいくらでも見つかる。中華料理系であれば間違いないし、また定食屋や、ランチ営業をしている居酒屋でも、きっとアルコールメニューの提供はあるだろう。

なかでも、「すんきそば」や「かにみそラーメン」なんていうちょっと珍しいメニューを掲げている「そば酒房 福島」という店なんかは、特に気になったんだけど、でもなぁ、この時間だからしかたないのは承知の上で、どこもやっぱり「ランチ営業中」の色が濃いんだよなぁ。この連載のテーマが「酒場」と出会う旅である以上、厳密な区分けはないにせよ、僕が「あ、ここは今現在、酒場営業中で間違いないな」という店を見つけたい。自分でも面倒くさいことを言っていると思うけど、それが楽しいんだからしかたない。

そんなこんなで、界隈を小一時間は歩き回っただろうか。街角にふと、存在感のある神社を発見した。

「五十稲荷神社」というらしく、季節ごとにデザインの変わるかわいらしい御朱印が人気のようで、小さな神社であるにも関わらず、人がひっきりなしに訪れている。僕は、街なかで目についた神様にはなるべく挨拶をするようにしているので、当然寄ってみる。とても大切に整備されていることがわかる、なんとも気のいい場所だ。

隣に社務所件売店のようなスペースがあり、そこにあった「きつねみくじ」(500円)があまりにもかわいく、即購入。ひとつひとつ微妙に表情の違うきつねのなかにおみくじが入っていて、持ち帰ることも可能ということで、もちろん家にお迎えすることにした。

するとさっそくごりやくが。あれだけ見つからなかった「ここぞ!」という酒場が、五十稲荷神社を出て歩きだしたとたんに見つかったのだ。

店は「神田 餃子屋」といい、一般的な中華料理店とかなり異なる点として、店頭に表示されているのがアルコールメニューオンリー。これ、実はかなり珍しくないだろうか? 大好きなホッピーもあるようだし、これは純然たる酒場と判定して差し支えないだろう。そんな店が、お詣りした神社のほぼ隣にあるんだから、やっぱり街の神様へのご挨拶って大切だよなぁ。

ザ・町中華という感じではなくて、やっぱりどこか酒場寄りの店内。数組の先客がランチを食べていたが、僕は遠慮なく飲ませてもらおう。メニューを見ると「焼き餃子」が3個270円から、5、7、そして10個の600円まで細かく刻まれていて、店主さんのきめ細やかな人柄が伝わってくるようだ。僕は悩んで、7個500円を選択。シャリキンや赤ホッピーまで揃えてあるのが嬉しくなってしまうが、ひとまず王道「ホッピーセット白」(500円)と合わせて。

そして、餃子だけでもいいんだけど、せっかく出会った店だからなにかもう一品くらい頼んでみたい。実は最近の僕、こういう店のシンプルな肉野菜炒めが妙に好きで、それで飲むのがちょっとしたマイブーム(どうでもいい話すみません)。中華料理店らしく幅広くメニューが揃うなかから、やっぱり選んでしまった「肉野菜炒め」(680円)。

餃子よりも素早くやってきた肉野菜炒め。具材は、豚肉、白菜、ピーマン、にんじん、玉ねぎ、若筍、ヤングコーン、きくらげ、そしてさくさくのくわいと、かなりの豪華版だ。濃いめに味つけられた肉の旨味に、さまざまな野菜の食感が絡んで、プロの料理人が作る野菜炒めって、なんでこんなにうまいんだろう!と静かに感動する。

続いてやってきた餃子がまたいい。もちもちの皮につつまれた餡は、肉も野菜もたっぷりで、塩気、にんにく、にら、どれもしっかりと効いている。それを緩和するキャベツの甘みがまた絶妙で、もう、完全に僕の大好きなタイプ! というわけで、いろいろあったけど、今日もなんとも幸せな昼飲みをすることができたなぁ。

 

いつだってできる遊び

どんな店にも常連さんはいて、その人たちにとってその店は、いつもの日常のなかにあるのだろう。けれども僕のように偶然たどり着いた者にとって、そこは、味も雰囲気も予想できない未知の店。そんな一期一会の出会いこそ本当に楽しいし、その楽しみを最大限に味わうならば、「予定も目的地も決めない」はかなり有効な手だと思う。

なにも、今回の僕のようにわざわざ時間を作らなくったって、仕事が少し早く終わった帰り道に、いつもと違う駅でふらりと降りてみるだけでも、そこには無限の「酒場との出会い」という可能性が広がっているのだ。