全国各地の酒場を巡る酒場ライターのパリッコ。語り尽くせばキリのない酒場の魅力のなかでも、特に愛してやまないのが酒場で感じる「非日常感」や「旅情」。

そこでこの連載では、「酒場と出会う旅」をテーマに、予測不可能な旅の一部始終を追体験していく。第3回の舞台は「新宿区・コリアンタウン」。

 

大にぎわいの街をゆく

日本の各地には、世界中のさまざまな国からやってきた人々が集まって暮らすコミュニティ、いわゆる「外国人街」がたくさんある。なかでも特に有名な街のひとつが、東京都新宿区、JR新大久保駅を中心としたコリアンタウン。

若かりしころ、大学を卒業してすぐに入社した会社がこの付近にあり、数年間通勤していたことがあるが、はるか20年も昔のこと。当時からその一帯はコリアンタウンとして有名だったものの、今とはまったく様子が違って、昔ながらの飲食店や食料品店が並ぶ、どこか怪しげな雰囲気のある街だった。ところが今や駅周辺は、最先端の韓国カルチャーが集まる一大観光地。道ゆく人々も、圧倒的に若い世代の方が多い。

 

 

そこで今回は、僕にとっては懐かしさと新鮮さの同居する新大久保の街を、海外旅行者気分になって徘徊。当然、どこか気になった店の韓国料理をつまみに飲んでみようと思う。

 


 

というわけで、新大久保駅をスタートし、メイン通りである「大久保通り」を歩き出す。平日早めの夕方だというのに、駅周辺は人にぶつからないようにまっすぐ進むことすら困難なほどの大にぎわい。あらためて昨今の韓国カルチャー人気を実感するとともに、自分がどこかその風景になじめていないようなふわふわとした感じ、なにより、日本語よりもむしろハングル文字の多い街の風景に、旅行気分が高まる。

ただ、駅周辺はあまりにもキラキラとしすぎ、場末酒場好きの自分がふらりと入れる雰囲気の店はないように思える。それに、がっつりとした味つけのフライドチキンにチーズをつけて食べる「UFOチキン」のような流行最先端グルメは、40代なかばの自分には、正直重い。どこかにこう、昔ながらのコリアンタウンの面影を残すような、渋めの韓国酒場はないだろうか。

 

 

街には韓国食材専門のスーパーマーケットなども点在していて、店頭に並ぶ「辛ラーメン」つきのラーメン鍋などが無駄に欲しくなるも、店内を覗くとこれまた大混雑。レジまでの列が何重にも折れ曲がっていて、買い物はあきらめた。来るならば、午前中あたりが狙い目かな。また来よう。
 

そして出会った、耳慣れない韓国料理

 

のんびりと歩き始めて15分もすると、少しずつ人出も落ち着き、昔ながらの雰囲気を感じる店がちらほらと見つかるようになる。

なかでも僕が気になったのが「元祖ヤンピョンへジャンク」という店。「サムギョプサル」とか「スンドゥブ」とか「カムジャタン」とか、日本でもすっかり有名になった韓国料理はいろいろとあるが、「ヤンピョンへジャンク」、まったく聞いたことがないし、どんなものか想像もできない。しかもそれの、元祖。おもしろそうすぎる。近寄って看板の写真を見るに、どうやらひとり小鍋のような料理みたいだし、量が多すぎて持てあますということも、きっとないだろう。

よし、今夜はヤンピョンへジャンク飲みだ。階段を上って2階の店舗へ。通してもらったカウンター席は、街を見下ろせる窓辺の開放感がいい。というか、カウンター席があるという時点で、ひとり飲み者としてはだいぶ嬉しい。メニュー表を見ると、名物のヤンピョンへジャンク以外にも、あれこれ韓国料理が揃っていて目移りする。石焼ビビンパ、チヂミ、サムギョプサルなどのメジャーどころもあれば、まったく聞いたことのないような料理も多い。特に、どじょうをつかった鍋であるらしき「チュオタン」はインパクト抜群だ。しかし、まずはやっぱり王道からいくべきだろうと、見開きを使って15品もバリエーションのある「ヘジャンク」のページを見る。どうやら「ヤンピョンへジャンク」は店名で「ヘジャンク」が料理名のようだ。とはいえ、「ネジャンタン」「ピョダギヘジャンク」「カルビゴウゴジタン」「ソンジタン」「ウゴシネジャンタン」「コンナムルヘジャンク」「アグタントゥッペギ」「スンテク」「コリコムタン」「ドガニタン」などなど、聞き慣れないメニューのオンパレードで、完全になにがなんだかわからない。しかも驚くべきことに、それぞれ写真は載っているものの、日本語の説明は一切ない。周囲を見渡せば、お客さんも日本人より韓国人のほうが多いようだし、当然、店員さんもみんな韓国人だと思われる。これこれ! このなんとも言えないそわそわ感こそが、酒場と出会う旅の醍醐味であり、酒をうまくしてくれる調味料だ。



 

酒は「チャミスル」のボトル(税込み990円)を選んだ。度数16.5%、360mlあるこいつを、ストレートでちびちびとやることにしよう。確か「パンチャン」と呼ばれる、料理を頼むと出てくるサービスのカクテキやもやしナムルが、つまみに最高。肝心のヘジャンクは、店員さんにすべてを説明してもらうのも申し訳ないので、気になった2品についてを聞き、豚の骨つき肉が具材だという「ピョダギヘジャンク」と迷って、店のいちばん人気、「ネジャンタン」(1200円)に決めた。

 

 

店員さんいわく、ネジャンタンは「牛もつ入りのスープです」とのことで、見たところ、日本で「ハチノス」と呼ばれる部位だと思われる。鍋のなかにはそのホルモンと、シャキシャキの豆もやし、ねぎ、スープがたっぷり。スープは、なんとも説明が難しいんだけど、動物系のだしと、ホルモン、韓国唐辛子系の旨味が加わった、優しめの味わい。僕の乏しい語彙で具体的に説明すると「すごく上等な辛ラーメンのスープ」とでも言うような。とにかく、ひと口ごとに沁みる。

 

 

一緒に出てきた小皿のたれっぽいものの使いかたがわからず、試しにホルモンをつけて食べてみる。するとこれが、魚介系の味わいを感じ? そこにわさび? いや、辛子? とにかくかなりツーンとくる辛味が加わったような、かなり不思議な味。これ、使いかた合ってるんだろうか? 違うような気がする。もしかしたら、後半にスープに投入して味変する用の調味料かもしれない……。そう思って、近くを通った店員さんに聞いてみると、「牛もつをつけて食べてください」とのこと。あ、合ってた。

 

 

辛いもの好きの僕としては、一緒に出てきた唐辛子ペースト的調味料をたっぷりと加えると、さらに食欲が加速。それにしても、当初はスープに隠れて全容が見えていなかったけど、食べても食べてもホルモンが出てきて、その豪快な量にあらためて驚く。チャミスル1本が、この1品で余裕で空いてしまった。ランチタイムはここにライスがつくらしいから、かなりお得な店と言えるだろう。

途中、壁にあった日本語の説明書きに気づいて読んでみると、ヘジャンクとは、酒を飲んだ翌日、酔い覚ましに飲むスープとして知られているらしい。定番メニューはあるものの、けっこう自由な汁もの料理のようだ。さらに歴史をさかのぼると、外食文化がなかった時代、酒屋で食事を兼ねたおつまみとして提供され、それが韓国の酒場文化へとつながっていったという説もあるらしい。なんと! 日本の「角打ち」にも通じる、韓国の飲み文化のルーツな料理だったのか!

 

 

大好きな店がまたひとつ

夢中で飲み食いしていたら、外はすっかり暗くなっていた。酒とへジャンクでぽかぽかと暖かくなった体に、夜風の冷たさが心地いい。基本的に赤ちょうちん好きの僕は、ふだんならば人出の多いコリアンタウンに飲みに行こうとはあまり思わない。だからこそあえて、たまにはその懐に飛び込んでみる。僕好みの大衆酒場が多そうな街は数あれど、そうじゃない街に、ちょっとだけ気合を入れて出かけてみる。そうして興味のおもむくままに街歩きをしてみれば、街はきっちり、素晴らしい酒場との出会いを用意してくれるのだ。これもまた、酒場と出会う旅の醍醐味のひとつと言えるだろう。


正直、今、またヤンピョンへジャンクへ行きたくてしかたない。ピョダギヘジャンクをはじめ、他にも食べてみたい料理がありすぎるし、ランチにごはんと合わせるのも絶対うまいだろうし。

さっきまであんなにそわそわしていたのが嘘のように、新大久保の街に大好きな店がひとつできた喜びを、ふわふわとした頭で噛みしめる。今夜も良き酒場と出会う旅ができたなぁ……と。