コスパという“今そこにある2回目の危機”

2回目のハルマキスト。3ヶ月ぶりです!

1回目が北海道に決まったことから、次は大阪の「サヨナラ天サン」か、金沢の「はるまき家」か、または北から南へ福岡の「はるまき ぶる」か。できるだけ、普段から行きたいと思っていた、遠方のお店に行きたい!と小鼻を膨らませて息巻いていた(ある時「小鼻膨らんでるで」と他人から言われて、ボクは楽しいことを考えたりするときに、小鼻が膨らむクセがあるらしい)。

しかし、世の中そう思う通りに進むものではない。時は編集会議に遡る。

 

久松 「北海道でちょっと遠いんですけど、『ハルマキギャラクシー』に行きたいんですけど」

編集 「北海道に春巻きの専門店あるんですね、ハルマキギャラクシーいいじゃないですか!」

久松 「いいですよね!」

編集者は少し考えこんで……

編集 「でも、1つの記事で北海道か~」

久松 「ちょっとマズいですかね?」

編集 「1回目だから良いという側面もあるし、コスパを考えると……」

 

ダメ元で北海道行きを提案したら、行けそうになっていたのに、ほんの数分で雲行きが怪しくなってきた。「やばいやばい」と思ったのは脳内でわずか0、2秒。口から出てきたのは……

久松 「じゃあ、もう数軒回ってその店の春巻きを食べさせてもらって、2~3回分の記事にしたらどうですかね? それならいけるような気もするんですが……」

編集 「それいいね~!」

 

「北海道に行きたい気持ちの強さでなんとか耐えた!」でも、「ハルマキギャラクシー」さんで春巻きを頂いたとして、夜はお寿司、海鮮丼、ラーメン、スープカレー、ザンギ、ジンギスカンなど食べたいご当地グルメで頭がいっぱいだったのに。なんなら、締めパフェも食べたかったのに。

短い取材期間の中で2~3軒の春巻き店を巡るとしたら、ほぼ食べられない。「ボクの胃袋が宇宙だったらいいのに」という人生初のお願いまでわいてきた。こんなことを言うと「ハルマキストだから、春巻きがいっぱい食べられて良いんじゃない?」とふざけたことを言ってくる人たちがいるが、ハルマキストでも当然の如く、「いろんなモノが食べたい!あえて、言うなら餃子も焼売も食べたい。ボクはハルマキストである前に、人間なのだ」。でも、ここはしょうがない。親知らずに少し圧迫されている不安な奥歯をグッと噛みしめ、キレイな春巻きの断面を思い浮かべて割り切ることにした。

ハルマキストだもの。

「春巻きのブーケや!」日本でいちばん美しく美味い春巻き

「ハルマキギャラクシー」も行きたかった店だったが、それ以前に知っていたもう1軒行きたい店があった。

 

「ごはんや はるや」

1997年に札幌円山地区で開業。ネットであの有名な料理研究家チオベンさんがやっていた「春巻き定食」が絶賛されていることで知っていた。今回はランチには間に合わず、ディナー帯に伺うことに。 

お目当ての1本は「エビと根菜の揚げ春巻き(850円)※併設されたテイクアウト部門「万春や」でお持ち帰りも可能」。この具材の組み合わせだけなら、都内でも探せばあるかもしれないし、自分でも作ろうと思えば作れるだろう。なんて思っていたが、「世間知らずの井の中の蛙野郎!」とボクは後ほど、このときの自分のことをののしることになる。

10分経っただろうか? 着本(ちゃくぽん)!

ビューティフォースプリングロール!まさに、「春巻き界のブーケや!」。それを渡されたから「ブーケトスや!」。幸せのおすそわけとはまさによく言ったもの(自分で勝手に言っているだけですが)で、見た目がまず美味しい!たちのぼる野菜からのあまーい香りも食欲をそそりまくる。

さっそくほおばると、ホックリ根菜たちの旨味とエビの甘みが口の中に広がり、頭の中は味王の“妄想食レポ”状態。あんな「ミスター味っ子」みたいなこと「しょせんアニメの中の演出だから、現実で起こるはずばない」と思っていたが、まさか現実になるとは。しかも…… 

この皮にまぶされている塩がまろやかでめっちゃ合う!甘みと塩っけのバランスが絶妙。でも、実物を食べたのに申し訳ないがボクの舌では「なんのエビなんだろう?野菜はにんじん、きゅうり、たまねぎが入っている?」くらいしかわからない。なので、お店が忙しくない時間帯に店主の小室千春さんにじっくり聞かせてもらった。

8種類以上の色鮮やかな野菜と“とろりん”としたエビが絶妙!

「エビは生です。しかも、ぷりっとしたものではなくやわらかくとろっとした食感のバナメイエビを1本に2尾くらい使っています」。確かに、この中に入っているのがプリッとしたブラックタイガーだと野菜より食感がたちすぎて、違和感あるかも。このシャキシャキ野菜と相乗効果を生むためのバナメイエビ。しかも、観光地だけにヴィーガンの方にはエビをアボカドに変更することも可能だという。美しい上に優しい気遣い。

そして、この色鮮やかな野菜は「白と黄色と紫のにんじんをいれています。赤と白のたまねぎで食感と甘みを出して、紫キャベツは形を整える緩衝材、あとは黄色と緑のズッキーニですね」。白、黄色、赤、紫、緑!これほど、色鮮やかな春巻きをボクは他に知らない(人生で使いたくなる憧れの言い回しの1つ)。にんじん3種類、たまねぎ2種類、ズッキーニ2種類、紫キャベツで実に8種類以上の野菜が贅沢に巻かれている。ほとんどが北海道産。これは美味いわけだ。しかも、季節によってれんこん、かぼちゃ、さつまいもが入ったりすることもあったり、四季が感じられる構成にしているそう。

これらの具材は塩と米油で和えられただけで、ほとんど下味なし。味付けは皮にふりかけられた塩だけ。「直接、かけるのはほとんど藻塩。甘みがあって、かどが少なくて、まろやか。ふったとたんに匂いがひきたちます」。ただもんじゃない塩だと思っていたら、藻塩だった。実際使われている塩が「海士の藻塩」。家で藻塩の感動を味わいたい方はぜひ。

それにしても、野菜の旨味とエビの甘みがこれほどまでに活かされている料理をボクは他に知らない(2回目)。その理由を聞いてみたら……「揚げ蒸しですかね。なんで、揚げ物なのにこんなに胸焼けしなくてあっさりしているの? とお客さんから良く言われるんです」。揚げ蒸し……そう言えば、ボクも春巻きが特集されている雑誌で読んだことがあった。春巻きは「スチーム料理」中の具は直接、油に当たることなく皮の中で360度均一にじんわり熱が入っていく。ゆっくり熱をいれることにより食材の旨味を活かし、スチーム料理だから春巻きでもあっさり食べられるのだ。

さらに、皮の巻き方にもこだわりが。「2枚巻き。薄い皮を2枚巻いています。デパ地下で売っているような薄皮のもの。2枚巻きにすることで、パイ生地みたいに何層にもなって、食感がふわっ、パリっとなります」。お店のスタッフでも野菜の水分が多く、はじめはうまく巻けないという熟練の技が光るお店の看板メニュー。巻き目の位置も意識して、2枚目は巻きずしのように巻くのがコツだという。

これが実際に巻かれているときの写真。具の並べ方、バナエイエビの配置なども断面が美しく見えるよう配置されている。

それにしても……

ひらがなで春巻きの自由を語る小室さんがなんかいい!

「このぐらでーしょんのだしかたも、きりくちのところにいろどりができるようなびじゅあるがだいじなんですよね」

「みどり、おれんじだとよくあるりょくおうしょくやさい。ちょっとはっしょくかんをいれて、ちがういろにしたいことがある。ひをいれるとすこししずむむらさきになるというか、それもおもしろい。きってみるまでわからないおもしろさがある」

「わったときにしろいえびがみえるようにしたい」

「やさいととなりどうしでえびがみえたほうがいい」

などなど、個人的な感想で失礼にもなっちゃうかもですが、春巻きのことを話す小室さんがかわいいのだ。春巻きのことを真面目に語ってくれているのだが、なんかときおり音がぜんぶ“ひらがな”で聞こえてくる感覚。この感じは春巻きを楽しんで作っているのが伝わってくる。

他にも、哲学とも言えるこだわりも語ってくれていて「皮に(なんでも)包むことで可能性があるから、春巻きって自由なんですよね」。その自由さはメニューの中にもあった。

おわかりいただけただろうか? メニューの上部に注目していただきたい。

なんと、“棚から春巻き”。偶然にもレギュラーメニューではない「パイナッブルバター春巻き(400円)」も発見。食材、料理、スイーツにもなる自由な春巻き。

こちらももちろん、絶品!バターが染み込んだ皮と自家製のパイナップルバターがじゅわ~!焼き立てのパイみたいにパリパリ!しかも、ここでも藻塩が「ボクがここで見張っておくよ。君たちだけだったら何をするかわからないからね」と出来杉くんみたいな優等生になって引き締めてくれる。クセになるあまじょっぱさ。

自由の女神が右手に持つのは松明ではなく、“春巻き”でもいいかもしれない

食材、料理、スイーツなど餡はもちろん、巻き方、断面のデザインも自由。ボクは「ソファに濡れたバスタオルを置かれたとき」「“このマンガ全部捨てていい?”と聞かれたとき」「トイレットペーパーを毎回、“ボクが換えてないか?”と思うとき」。そんなちょっとストレスを感じることがあるとき、料理を作ることにしている。

野菜を切って、炒めて、煮込んで、調味料を入れる一連の作業がなんともストレス解消になるのだ。あの気持ちは何か言葉にできなかったが、料理は自由だからなのかもしれない。何でも自分で選択できる、その自由さが気持ちいいのだろう。それを小室さんが作る春巻きの自由さが気づかせてくれた。

アメリカにある自由の女神が右手に持っている松明は「移民たちの自由と希望」を表しているそうだが、あれは松明じゃなく春巻きにしてもいいのでは?札幌にその“自由の女神with春巻き”を建設したい。そんなことを思いながら、ボクはまた次の春巻きのことを考えるのだった。