純喫茶や猫をはじめ、こよなく愛するものを惜しみなく発信するモデル・文筆家の小谷実由。「好き」な気持ちを大切に日々過ごす彼女が今、無我夢中で収集するほど偏愛しているのが<櫛>。現在のコレクションは200本超え。彼女が虜になり収集し続ける理由とは……? 

 

特にどこかでコレクションを披露するような機会もなく、気づけば現在214本。集まるペースはまちまちで、数ヶ月増えないときもあれば、数週間で一気に10本以上増えてしまうこともある。今回はそんな櫛の“数“にまつわるお話。

 

いつも本数を数える時は、なんとなくアバウトに仕分けするところからまずは始めている。

 

「100」の野望と、憧れの櫛

前述の通り、1番最初の櫛を買ってから数ヶ月は、特に集めようとも思わず過ごしていたのですが、櫛の魅力の沼にどっぷりと浸かってからは、不思議なことにどんどん増える。まずは最初に出会った場所同様に、海外でときめく櫛の収集をスタートさせました。どれも美しく、欲しい櫛は続々と目の前に現れました。収集数が二桁の半ばに差し掛かるあたりで、これは100本集まったらどうなるんだろう…!?という素朴な疑問が。それがそのまま一番最初の収集数の目標に。どうしてか、「100」という数字って圧倒的な凄さを感じてしまいませんか。とりあえずなんか100本あったら凄いよね、というふんわりとした野望を抱えながら収集生活が続いていく。しかし、そんなゆるーい気持ちで続けていたものの、100本目にコレクションする櫛は絶対にあのお店の櫛にしたい。そんな密かな望みがあったのです。

100本目はこれにしようと決めた日から、毎日のようにずっとオンラインストアでその櫛の入荷を今か今かと眺める日々。その櫛というのは、フランス・パリのブランド OFFICINE UNIVERSELLE BULYのTHE INDULGENT。スラリとしているのに丸みを帯びた柄の先が愛らしく、カラーは様々なあたたかみを感じる美しいアイボリー。あまりにも洗練されたその姿は、普段収集しているものとは少し異なる高貴な世界観ではありますが、私が抱いたときめきの形は同じ。ただ、やはり纏っている空気が全く違う。例えるならば、回転寿司店とカウンターしかない寿司屋。どちらも異なる楽しさがありますが、やはり背筋が伸びるのは後者。私が知っている櫛の中で一番の憧れの存在でした。スイスの工房で一本一本ハンドメイドされていて同じ模様がひとつとないこちらは、もちろん大人気。お店でもオンラインストアでもいつも売り切れ状態で、果たして本当に私が手にする日は来るのかと思っていました。


記念すべき100本に到達したのは2022年6月。そこから遡ること3ヶ月、私はある行動に踏み切ることになりました。当時の櫛収集数は98本。100本到達目前、いつどんな本数が現れるかわからない…と、毎日ドキドキしていた時期でした。待ち侘びた瞬間というのはなんの予兆もなくやってくるものです。ある日、いつものように一縷の望みをかけながらオンラインストアを覗くと、見飽きていた「入荷待ち」の文字から「購入する」という文字にボタンが切り替わっている!!!どうしよう、どうしようではない、買うのだ!早く!購入するボタンを押すのだ!売り切れる!そんな簡単なアクションさえ戸惑っていたのは、所持数が98本という100本の二歩手前だったから。こんな時にも顔を出す自分の頑固で真面目な性格。今はそんな順を追うことの誠実さはいらないだろ!と背に腹はかえられぬ思いでようやく購入。フライング100本目の櫛はこのように誕生したのでした。まだ見ぬ99本目が現れるまでは、あまりまじまじと眺めないでおこうと、無事に手にしてからも一瞬チラリと袋を覗いたのみで、大事に仕舞い込んで温存しておきました。ちゃんと見るのは本当の100本目になってから。ちなみに、BULYの櫛にはアルファベットや数字を刻印することができます。私がその櫛に入れた文字は「100」。間違いなく100本目であることを証明したかったし、これからどんどん増えるであろう櫛たちの節目のものがどれかをはっきりと記憶していたかったから。この数字を見れば、何がなんでも思い出すことでしょう。そして、来たる2022年6月、いつもお世話になっているヘアメイクさんからいただいた、ベッコウ柄の綺麗な櫛が99本目となり、収集数は無事に100本を迎えたのでした。100本目をやっと袋から取り出して隅々まで眺めたあの瞬間、息をするのを忘れてしまいそうなほど夢中に見てしまったことを覚えています。​​100と櫛に刻印しているのはきっと私くらいでしょう。100本目の世界に1つしかない私の大事な櫛。しみじみと刻印の部分を撫でながら感慨深くなりながらも、実物はホワイトチョコのようで美味しそうでもあるなと親近感のような愛情も抱くのでした。

 

マーブル柄的で美味しそうな99・100の綺麗な並びのフィニッシュも気に入っている。

 

想定外の物足りなさを感じた「100」の景色

さて、100本集まったらどうなるんだろう…?という疑問から始まった目標を達成した後、私の頭に浮かんだのは、なんだか思っていたのと違うぞ?という気持ち。なぜなら実際に100本を自宅の床に全て広げてみたところ、想像していたよりも広がる景色が壮大ではなかったから。もちろん色とりどりで、全てにが違った魅力があり、どれもこれも愛おしい気持ちが絶え間なく溢れる!そんな感動はあるけれど、なんかもっと、こう、わあ!圧巻だ!!という景色にはならなかったのでした。100という数字は、櫛にしてしまうと意外と少ないものです。そうなったら次の目標は200本だわ!と、すぐに頭を切り替えて収集生活の続行。そして今では200本をさらりと通過し、現在214本。

でも、まだまだ足りない!!なんて熱血ムードで走り続けてはいるものの、よくここまで来たなぁと山の何合目みたいなところで麓を見下ろすような気持ちもある。たくさん集まった櫛を眺めていると身体の奥からゴゴゴッ…と血が騒ぎ、とんでもなくワクワクする。だって箱からいくら取り出しても自分の好きが詰まったものが出てくるのですから。しかもいろんな要素の好き。もしかすると私は櫛に自分の好きの気持ちを詰め込んでコレクションしているのかもしれない。櫛が織りなす色や形が自分のそんな気持ちにピッタリとサイズがハマっているから私は櫛を集めているんじゃないかと気付きました。櫛を通して自分の好きの形を知ることができているこの感覚は数が集まれば集まるほど深まります。好きだと思える存在って、自分の好きの気持ちを鏡のように映したものなのではないでしょうか。

ちなみに、100本台は最後に怒涛の追い上げがあり(vol.2で写真を載せていた友人櫛特派員Aちゃんからの大量の供給のおかげです)200本目はどの櫛なのかわからないままだということにこれを書いていて気付きました。今からでも遅くないので、200本目をどれにするか決めようと思います。

 

200本目の櫛はこちら。シンガポールからやってきたこの櫛は、色がどことなく1本目の櫛に似ていて愛着が芽生える。忘れないようにナンバリング。

コロナ禍もあり、収集の主戦場であった海外に自身で渡ることができなかったにもかかわらず、とてもありがたいことに周りの友人たちの協力もあって200本の目標はすぐに達成。その間私は日本のお店やインターネットを頼りに収集することも開始。そこで気付いたのは、まだまだ素晴らしい櫛が自分がまだ踏み込んでいない場所にも多く潜んでいるかもしれないということ。

特に驚いたのは100円ショップ。自分が好きな文化や雰囲気のある場所には自分をどきりとさせるものがあると信じて疑わないけれど、家の近所や地元だからといって侮れない。一見地味だな~と思ってもよく見ると、なんですかこの洗練された造形は!?と驚くものに出会うこともしばしば。灯台下暗しという言葉を切に感じた瞬間でした。日本で出会ったから「地味」と思ったかもしれないものが「上品」に変換されて頭に浮かんだのかもしれないと思うと、やはり出会う場所や状況は収集する上で大きく関わってくるようです。収集する数が増えるほどに櫛を手にした場面も増えるのでそんなことを感じています。

 

100円ショップで見つけた地味カラーコレクション。地味と侮るなかれ、シックでお上品なんだ。

 

200本を達成したところで、愛おしさは増してもまだまだ私が想像している壮大な景色には到達していないのが現実。次の目標はどうしよう?たまたま仕事でご一緒した編集の方と櫛の話をしていて、そんな話になった時に言われたのが「940本は?」でした。く(=9)し(=4)で、940!わかりやすいし、なんだか壮大では!?今度は「100」の時よりもちゃんと櫛にちなんでいて少しは前よりも誰かが納得してくれそうな目標値が誕生。この数を並べたらどんな景色だろうか、果たして自宅の床は埋まるだろうか。940本まで、あと726本。

 

去年、4年ぶりに海を渡り台湾へ。台湾の日用雑貨店にて色違いをまとめて買う。一瞬でコレクションが7本増加。