「社会課題」と聞いて、何を思い浮かべるだろうか。

貧困、気候変動、長時間労働、ジェンダー平等…

数えきれないほどの社会課題が情報革命によってより可視化されるようになった。地球温暖化の影響を人々が身近に感じるようになった。

それと同時に「持続可能な社会を目指すこと」が半ば義務的な風潮となった。SDGsだの、サステイナブルだの、グローバルシチズンだの、様々な”意識高い”言葉が飛び交うようになった。企業人はこぞってカラフルな円形のSDGsバッジをスーツにつけて、「変なこと言ったら後ろ指刺されちゃうから」と言うようになった。

変革に痛みは付き物だ。だからこそ、「難しいけど頑張らないと」とか「みんなやらなきゃダメだよ」という雰囲気になるのは一時的に仕方ないことだし、むしろ必要なことだと思う。

けれども、持続可能性を考えたときに、”真に持続する”というのはどういうことなのか、今だからこそふと立ち止まって考えてみたい。

人々が持続可能かどうかを語るとき、そこにはいくつかの文脈がある。

例えば、パッと出てくるのは「環境負荷がない」みたいなことだと思うけど、それが企業の文脈となると加えて「稼ぎ続ける」のような概念が語られる。一方、地方創生の文脈なんかだと「人が参画し続ける」ことが持続可能なあり方だとすることも多い。

では私たちイチ消費者が、持続可能である状態とはなんなのだろう。

私と一緒に、自分自身を振り返って考えてみてほしい。

自分が続けられたことってなんだろう?昔からずっと楽しめていることってなんだろう?

一周まわって、私は至極当たり前の結論にたどり着いた。

それは、「好きなものだから」だった。

きっと多くの人にとってもそうだろう。好きだから続けられる。好きだから人にもオススメする。それが人でも物でもそうだ。

なのに、「持続可能な社会」という高尚な大義名分が来ると、なんでかそんなに当たり前のことを忘れてしまう。

もし、持続可能な社会が、「好き」と接続されるならどうだろうか。その上で、「好き」と思うためにはどんな要素が必要なのだろうか。

最近5年以上使ってたリュックがついに壊れてしまい、新しく「LOVST TOKYO」というブランドのリュックを購入した。

とても軽くて、撥水性もある。驚いたのは、デザインがシンプルで一見可愛いらしい見た目なのだが意外と大容量。パソコン、水筒、本、小物を入れてもなお余裕がある。どこへでも持ち運べるので私の日常使いバッグ一軍入りを果たした。

LOVST TOKYOは廃棄されるはずだったイタリアのリンゴジュースの搾りかすを再利用した「アップルレザー」を活用したブランドで、革製品を使わないヴィーガンの方に向いているだけでなく、従来の合成皮革に比べて70%近く石油由来の素材を削減している。

届いた商品は生分解性のパッケージで梱包されており、同梱されていた商品説明には「共生を纏う、未来のレザーブランド」というキャッチコピーとともにこんなメッセージが添えられていた(一部中略)。

「お買い上げいただいたアイテムは、新しい価値観やアニマルフレンドリーなライフスタイルを尊重する貴方の優しい気持ちをより多くの人に届けるためにミニマルでシンプルなデザインに仕上げました。

また、「持続可能な社会の実現に向けて、一歩踏み出そうとする人の背中を押したい」という私たちの強い願いが込められています」

この購入フローにおいて、3つ感じたことがあった。

ひとつめ、可愛くて便利なリュックを手に入れられたという満足感。どんな服にもシーンにも合うので出張でもカフェでの作業でも持って行けるし、「これリンゴから出来てるんですよ、可愛くないですか?」という話題にもなる。

ふたつめ、普通のリュックを購入するよりも梱包含め環境負荷が低いため、環境問題に微力ながら寄与出来たという納得感。

みっつめ、そんな購入・使用の意思決定をした自分自身を肯定され、応援されたような幸福感。

この3つにより、リュック自体は私の「好き」になり、購入フローは私の成功体験として記憶され、「こんな購入、こんな生活をもっと出来たら」という思いが高まった。

さて、みっつめの「幸福感」についてもう少し語りたい。

私たちは大きな世界の問題に取り組む以前に、日々を一生懸命生き、自分に降りかかる問題に取り組む1人の人間だ。

社会問題に対して国・企業として取り組まなくては全体の解決に向かわないし(放っておいたら余計苦しくなるのは分かってるし)、家庭レベルでも気をつけなくてはいけないこともたくさんあるけれども、そんな全ての肩書きや役割を外した後にそこにあらわれるただ1人の人間に対して、「やらなきゃダメだよ」と言うのは違和感がある。

なぜなら全ての諸問題はその人のせいじゃないからだ。私たちは取り囲む構造の中で意思や決断を左右され、集合体として問題の原因となる。その集合体が国であれ企業であれ、責任は追求され、人々は解決の義務感を募らせる。

でも1人の人間という姿に立ち戻ると、きっとほとんどの人が今までもたくさん頑張って生きてきたんでしょう、と思うのだ。すべきこと、したいこと、させられたこともたくさんこなして来たんでしょう。

私はそんなひとりひとりが、それでもなお持続可能な社会に向けて一歩踏み出したことをたくさん応援されて欲しいし、愛されて欲しいと思うのだ。それは物の購入に限らない。SDGsバッジを着けたことが始まりでも良いと思う。

社会課題解決に関与することで、義務感の代わりに「幸福感」を得られる人がもっと増えた方が真の持続可能性に繋がると私は考えている。

「やらなきゃいけない」ではなく、「好き」を理由に課題解決に寄与できる。そんな素敵なサービスやプロダクトが世の中にはたくさんあり、ここ数年さらに増えてきた。

より多くの人がそのようなサービスやプロダクトとの出会いが出来るよう、私自身はそれらを提供するプレイヤー側を応援する仕事をしているが、結果的に私が一番その出会いに恵まれている。

1つ1つのプロダクトやサービスが気候変動や途上国支援、幼児教育など何かしらの社会課題解決を目的としているが、どれも課題当事者ではない私自身が利用しても応援されている気持ちになるのが不思議だ。

これを読んでいるあなたにもそんな出会いが訪れ、この幸福感を味わえることを祈ってます。

Text by 中村 多伽(なかむら たか )

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Model by chihiro

プロフィール

中村 多伽(なかむら たか )

1995年生まれ。京都大学在学中に国際協力団体の代表としてカンボジアに2校の学校建設を行う。その後、ニューヨークのビジネススクールへ留学。現地報道局に勤務し、アシスタントプロデューサーとして2016年大統領選や国連総会の取材に携わる。様々な経験を通して「社会課題を解決するプレイヤーの支援」の必要性を感じ、帰国後の大学4年時に株式会社talikiを設立。関西を中心に社会起業家のインキュベーションや上場企業の事業開発・オープンイノベーション推進を行いながら、2020年には社会課題解決ファンドを設立し投資活動にも従事。撮影:岡安いつ美

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    2021.11.18