幼少期に食べたビリヤニの味が忘れられず、理想の味を追い求め「流しのビリヤニ」活動を始めたビリヤニ偏愛人・奈良岳。味覚を刺激するスパイス、独特の食べ心地バスマティライス、炊き加減のタイミング、彼が追求するビリヤニの世界を全5回にわたり紹介。第3回は、ビリヤニを形作る“お米”について語る。

 

タイ米ってなんだ?

ビリヤニにはバスマティライスが欠かせない。粒が細くパラパラとした食感で、独特ないい香りがする。よく例えられる香りはポップコーン。食べごたえは軽く、糖質も日本のお米に比べて低い。これは私の体感だが、日本米はお茶碗1杯分でお腹いっぱいになってしまうが、バスマティライスはお茶碗3杯行ける気がする。カジュアルに、部活終わりの高校球児のような食い気を体験できる。いい香りとその軽さで、さらさらと食べられてしまうから、気づいたらいつの間にかお腹がパンパンになっていることが多い。そのバスマティの軽さと香りに、スパイスが乗っかり、食べる手が止められないビリヤニになっていく。

さまざまな場所でビリヤニを作っていると、「タイ米ですか?」とお客さんに聞かれることが多々ある。「タイ米より高級なインドのバスマティライスです!」と、やや説明を省いたおざなりな答えをいつも宙に放つが、そもそも“タイ米”とはなんだろうか。

1993年の「平成の米騒動」と言われる米の大凶作時に、タイ王国から緊急輸入されたインディカ米をタイ米と言っていた。私はその時2歳。ふっくらもちもちしているお米が好きな日本人にとって、その代替品としてやってきたパラパラなタイ米は超不評。タイ米=まずい、という印象が日本国民の心に刻まれたらしい。幼児だった私には、そんなこと知る由もない。

 

世界のメインストリーム「インディカ米」

世界で食べられているお米は、ジャポニカ米2割、インディカ米8割に分けられるらしい(それ以外に分類がいくつもあるが専門家でないので割愛する)。日本で食べられるのはもちろん2割のジャポニカ米。8割のインディカ米は、寒さに弱く、高温多湿な地域であるインド・東南アジア・中国南部などで栽培されている。日本では不遇の扱いを受けていたインディカ米は、実は世界のメインストリームにいた。

ビリヤニに使われるバスマティライスは、このインディカ米に属する。日本ではさまざまなブランドのバスマティライスがインドやパキスタンから輸入されているが、街場のスーパーでは売られていない。その多くは、“ハラルショップ”で売られている。イスラムの方々が食べられる食材を扱った食料品店のことで、東京でもいろんな場所にひっそりと存在している。新久保のイスラム横丁、上野のアメ横、御徒町の高架下、西葛西のインド人街、蔵前の路地裏、町田の国道16号沿い。いつでも探してほしい、どっかにバスマティの姿を。笹塚ではインドカレー屋さんの奥に進むと、ハラルショップが。東京有数のおしゃれタウンに成った代々木上原にも、日本最大のイスラム教の礼拝堂「東京ジャーミイ」の中にハラルショップがあったりする(お祈りのあとは大変な賑わいをみせる)。こんなとこにいるはずもないのに、不意にいたりするのがハラルショップだ。引っ越した先で、ハラルショップを見つけると嬉しくなるのは職業柄だろうか。

多くの中規模以上のハラルショップがそうであるように、「東京ジャーミイ」のハラルショップには、ケーキやホットスナックも売っており、スタッフのお母さんが作ったサモサ(じゃがいもの包み揚げパイのような食べ物で、日本で言うならコロッケだろうか)が絶品だったりする。そんなものを買い食いするのもハラルショップの楽しみ方の一つだ。Googleマップで「ハラルショップ」と検索してみて、最寄りのショップに少し勇気をだして入ってみてほしい。ハラルショップが近くに無かったり、勇気が出なかったり、バスマティライスを買って帰るのが重たい(これが一番大変)という方は、Amazonでバスマティライスと検索すると、今日日さまざまなブランドのバスマティライスが引っかかる。価格は1kgあたり1000円ほどで、輸送にコストが掛かっているのか、日本のお米よりやや高いイメージだ。

 

流しのビリヤニに欠かせない“ラルキラ”のピンチ

2024年2月現在、お店や流しで使っているバスマティライスは、“ラルキラ”というブランドの白いパッケージの2年貯蔵期間を経たもの。新米が美味しい日本米とは正反対で、バスマティライスは古米の方が美味しいとされている。より香りが高く、よりパラパラとしていて、ビリヤニには欠かせない存在だ。ブランドごとに、米の伸び方、切れやすさ、香りなどが異なる。ラキルラの白いやつ(便宜的にそう呼ぶ)は、伸び方と硬さのバランスがちょうど良く、品質も安定しているが、他のブランドより価格が高い。

また、日本のお米でも虫が湧いてしまうことが多々あると思うが、バスマティライスもたまに袋を開けると虫が発生していることがある。お店だったらインドだからしょうがないかと思えるが、出店先でお米が使えなくなってしまうのは正直しんどい。ブランドによって異なるのだが、バスマティライスの袋に透明な部分があると、中身が透けて見え、袋のそとから黒い虫の有無を確認することができる。ラキルラの白いやつは中身が見え、かつ、一度も虫を見かけたことがない安心感があったりする。

そんなラキルラの白いパッケージのバスマティライスを普段から仕入れているハラルショップから最近下記のような連絡があった。

バスマティライスについて
大幅な需要増加と物流の遅延により、弊社のバスマティライス全般の在庫が不安定になっております。次回入荷は5月の予定ですが、今後継続的な供給は確約できない状態です。なお、より多くのお客様にご利用いただくため、実績を超えるご注文は対応しかねる場合がございます。予めご了承くださいますようお願い申し上げます。

パスマティライスが無いと商売ができないビリヤニ屋としては、まさに寝耳に水な事件だ。イスラエルのジェノサイドによりスエズ運河が使えず、EU諸国からの貨物が、コロンブスと同じ大航海時代のルート、アフリカの南をぐるっとまわって運ばれると聞くが、その影響なのだろうか。その大惨事は対岸の火事ではないと改めて思い知らされた。

 

日本にも登場したバスマティライス「プリンセスサリー」

そんな中、輸入に頼らないビリヤニづくりを模索する中で、実は日本でも気候に合わせたインディカ米が開発されていることを知る。平成元年から平成6年にかけて行われたお米の研究で、その名も「スーパーライス計画」。食の多様化によるお米の需要低下を憂い、さまざまな用途に使えるお米を開発することで、需要拡大を図る計画だ。その計画で、インディカ米であるバスマティライスと日本米の交配品種「サリークイーン」が誕生。バスマティはヒンディー語で「香りの女王」という意味で、インドの民族衣装「サリー」を組み合わせて「サリークイーン」と命名。彼女の使命は、カレーや東南アジアの料理にマッチする新たな国産米になること。その後、更に品種改良された「プリンセスサリー」という娘も生み出されることになる…。小麦魔神と戦うべく博士によって産み出されたスーパーライス戦隊の世界観と、女王サリークイーンは暗殺されてしまうがその意志を託された娘のプリンセスサリーが王権を復興する大河ドラマの世界観が混ざり合い、収集がつかないC級映画のような妄想が膨らんできた。

それぞれのお米の特徴はというと、バスマティと日本米から生まれたサリークイーンはやや細長、そこに更に日本米を掛け合わせたプリンセスサリーはかなり日本米に近い形状だ。バスマティ特有の香りも世代を跨ぐごとに弱くなっているように感じるが、逆に粘り気や食べごたえは増している。ビリヤニおにぎりをやるとしたら、プリンセスサリーが合いそうだ。

プリンセスサリーを無農薬無堆肥でつくる、千葉の「ののま自然農園」の田んぼに行ってきた。そこでは、さまざまな種類のお米と、年間で50種類ほどの野菜を、農薬や堆肥を使わずに栽培している。行ったのは1月だったので、田んぼはこれから作る準備で土を掘り起こされていた。ののま自然農園の松崎さんも、カレー屋さんで最初にプリンセスサリーを食べて、その衝撃的な香りに感動し、自分でも作ってみようと思ったとのこと。

ののま自然農園ではプリンセスサリーの他に、独自の「香り米」を作っている。他の米に比べて穂が長く、風で折れないように柵をつくる手間がかかる。お米の正式な名前は無く、他の農家さんが自然栽培で計28年間種を引き継ぎ、育ててきたお米で、それをさらに引き継ぎ育てているらしい。玄米のまま白米に入れて一緒に炊くと、ローストしたような香ばしさとプチプチとした歯ごたえが美味しい。農家さんが種を引き継ぎ、長い時間をかけて風土に合った土着品種へと変化していく。

日本に合った香り米、インディカ米、バスマティライスは、さまざまな研究所、農家さん、そしてそれらを買い支える食べ手によって、日々育まれていると再認識した。

輸入食材を多く使うカレーづくりやビリヤニづくりは、食材が入って来なかったり、為替の変動で価格が上がったりと、世界情勢に大きく影響されてしまうのが大きな課題だ。海外からの輸入に頼らないビリヤニ。工夫をしながら新しい食材でビリヤニをつくることが流しのビリヤニのサスティナビリティに繋がっていくと同時に、さまざまな食材があるこの日本で、生産者とともに食の豊かさを発信していけたらと思う。