白石正明

1958年、東京生まれ。96年に医学書院入社。担当する「シリーズ ケアをひらく」は、2019年に第73回毎日出版文化賞を受賞。同シリーズ中、『逝かない身体』(川口有美子)が大宅壮一ノンフィクション賞、『リハビリの夜』(熊谷晋一郎)が新潮ドキュメント賞、『中動態の世界』(國分功一郎)が小林秀雄賞、『居るのはつらいよ』(東畑開人)が大佛次郎論壇賞などを受賞。

 

坂口恭平

1978年熊本県生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。卒論をもとに日本の路上生活者の住居を収めた写真集『0円ハウス』を2004年に刊行。その後、『TOKYO 0円ハウス 0円生活』『ゼロから始める都市型狩猟採集生活』を発表し、「都市の幸」をもとにお金を使わず生きる術を示す。そのほかの著書に、『幻年時代』『徘徊タクシー』『坂口恭平躁鬱日記』『現実宿り』など多数。文筆のほか、音楽、美術の分野でも多彩な活動を行う。

シリーズ立ち上げの動機は、ケアを語る言葉があまりにも「貧相」だったから

—白石さんが立ち上げた「シリーズ ケアをひらく」は創刊20周年を迎え、これまでに約40冊の本を出版されています。白石さんがケアに関心を持つようになったきっかけは何だったのでしょうか?

 

白石:いまから25年前に医学書院という医療系の出版社に転職し、医療・看護関係者と仕事でつきあうようになりました。そこでベッドサイドに立つ人たちの仕事にふれたことが、ケアに関心を持つようになったきっかけです。

白石正明

白石正明

—そこから、どのようにシリーズの立ち上げにつながっていきましか?

 

白石:そういう人たちを語るときの言葉が、あまりにも貧相だと感じたんです。情緒的な言葉でひとくくりにされて、実際の看護師さんから感じる人としての格の違いみたいなものが、まるで伝わっていないのではないかと。

 

それに本来、「ケア」ってもっと多様な方向から語られるべきものなのに、当時は「看護師さんの仕事」のことくらいしか指さないような言葉だった。一方では「お肌のケア」のような使われ方ばかり。絶対にそれだけじゃないだろうという思いがあり、「シリーズ ケアをひらく」を始めました。シリーズにすれば多様な方向からケアを伝えられるし、そうやってケアというものを開いていきたいという思いもありましたね。

「シリーズ ケアをひらく」ラインナップの一部。美学者・伊藤亜紗さんが徹底したインタビューと観察から「吃音」の謎に迫った『どもる体』や、潰瘍性大腸炎になったカフカ研究者・頭木弘樹さんが綴るドキュメントなど、多様な視点から「ケア」についてプローチしている

「シリーズ ケアをひらく」ラインナップの一部。美学者・伊藤亜紗さんが徹底したインタビューと観察から「吃音」の謎に迫った『どもる体』や、潰瘍性大腸炎になったカフカ研究者・頭木弘樹さんが綴るドキュメントなど、多様な視点から「ケア」についてプローチしている

―以降、看護師や精神科医のみならず、精神の病を抱えた当事者の視点から語られる本なども次々と出版されていきます。そして、2013年に出版されたのが、『坂口恭平 躁鬱日記』。躁うつ病(双極性障害II型)の坂口恭平さんが精神の赴くままに書いた日記です。こちらは、どんなきっかけで生まれたのでしょうか?

 

白石:坂口さんと初めてお会いしたのは、10年くらい前の奈良でのイベントだったと思います。そこで強烈な印象を受けましたね。イベント中ずっと喋り続けていて、壇上から降りても目の前の観客と話すのをやめなくて。この人、すごい! ……もしくはヘンな人かどっちかだなって(笑)。

 

坂口:まあ、その頃は躁状態を完全にコントロールできていない時代だったよね。

坂口恭平

坂口恭平

白石:イベント後の食事会で話をしたら、「自分は躁うつ病の診断を受けたことがある」と。当時、自分から診断を受けていると言う人はあまりいなかったので、驚きました。また、坂口さんの話の内容もすごく面白かったんですよね。

 

―そこで坂口さんという人物そのものに興味を持ったわけですね。そして、坂口さんに本を書いてもらいたいと。

 

白石:はい。2005年に『べてるの家の「当事者研究」』という、北海道の精神障害をもつ人たちが自分たちを観察・記録・考察した、いわゆる当事者研究本をすでに出していたので、それと同様の切り口で企画・編集できると思いました。

 

―坂口さんは白石さんからその話を持ちかけられたとき、どのようにお感じになりましたか?

 

坂口:そもそも、当事者研究が何なのか、わかっていなかったですね。でも、じつはその頃、躁状態とうつ状態の日記をそれぞれ書いていて。すでに、知らず知らずのうちに当事者研究のようなことをやっていたんですよ。

 

―『坂口恭平 躁鬱日記』によれば、原稿用紙にして650枚を超える量の日記だったそうですね。

 

坂口:そうです。ぼくがわけもわからずやっていることに、白石さんは勝手に「意味」を作り出すんですよ。だから、その頃は何か思いついたら白石さんに電話して、意味もなく球を投げていました。大概、電話に出てくれないんですけどね(笑)。たまに出ると、意味を作ってくれる。650枚の日記の原稿を送ったのもその流れですね。

 

俺が進化するためには、絶対にこの人が必要だと思って、かなり白石さんを利用していた。だけど、白石さんも俺を利用しているから、植物とアブラムシみたいな関係なんですよ。

 

『坂口恭平躁鬱日記』。290ページ以上にわたり、2013年4月から7月までの日々が綴られている

『坂口恭平躁鬱日記』。290ページ以上にわたり、2013年4月から7月までの日々が綴られている

「劇的につまらない」。辛辣な批評がうつ状態の認識を変えた

―白石さんは坂口さんの日記を読んだとき、どう感じましたか?

 

白石:最初に読んだのは坂口さんが躁状態のときに書いた日記なんですが、「ああ、天才ってこういうもんなんだな」と思いましたね。

 

―抜群に面白かったわけですね。

 

白石:はい。どこまでが現実でどこからが空想かわからないのにまったく混乱しない文章で。すごい躍動感でぐいぐい読ませられてしまう。ただ、それよりも衝撃的だったのは、うつ状態のときの日記のあまりの「凡庸さ」ですね。そっちはもう、圧倒的につまらなくて(笑)。変な言い方ですが、こんな中学生みたいなことに悩んでいるんだ……と。でも、そのつまらなさがあってはじめて、坂口さんの人間としての輪郭がつかめるような気がしたんです。それに坂口さん、すごく恥ずかしそうに原稿を送ってきたんですよね。

 

坂口:そう、誰にも読ませたことなかったから、めっちゃ恥ずかしかったんですよ。あのときのことは俺も未だに忘れられないですね。「いやあ、これ劇的につまらないですね」って。白石さん、つまらなさに感動しちゃってるんですよ。びっくりしましたよね。そんなのあまり言われたことがなかったので、新鮮でよかった。

 

そのあとに、「これは、あまりにもつまらなすぎて、読んだ人がとてつもなく励まされますよ」みたいに言ってくれたんです。

―ストレートにつまらないと言われ、悔しさはなかったですか?

 

坂口:もちろん悔しいですよ。でもその言葉って、うつ状態の俺に対する批評になってたんですよね。だから、そこで気づいたんです。自分はうつ状態をアウトプットする技術がまるでないんだなって。そりゃそうですよね。うつ状態のときの日記なんて、普通は誰にも読ませないから技術的にも上がっていくわけがない。

 

―「凡庸だ」とバッサリ斬られて、むしろよかったと。

 

坂口:うん。俺、ばかだから言われたことを何でも受け入れちゃうんですよ。躁状態のときの日記を「天才ですね」と褒められたら、いっさい謙遜せずに「そうか天才なんだな」と思うし、うつ状態がつまらないと言われたらその自信がすべて瓦解する。だから、うつってのは俺をつねにルーキーに戻してくれるんです。うつ状態を迎えることで、つねに調子に乗れないようになってるんですよね。

 

そういう自分の仕組みに気づけたのも含めて、白石さんと出会って『躁鬱日記』を出したことは、俺のなかで躁うつを操縦する大きなきっかけになったと思います。『躁鬱日記』を出してから「内側の目」を鍛えることを意識するようになりましたからね。それが一番大きい変化かな。

 

人は、自分を見ているようで見ていない。「内側の目」の使いかたとは?

―「内側の目を鍛える」とは、どういうことでしょうか?

 

坂口:ようは、それまでの自分は目ん玉の半分、外側に向いている部分しか使ってなかったんですよね。外側の現実社会だけを見て、それをうつ状態の自分と比べてしまっていた。そうすると、「うつ状態で動けなくて、サボってる自分……」みたいなものしか見えず、落ち込むしかなくなるんですよ。そこから連想が始まって、次第に被害妄想を膨らませていくというパターンでした。

 

白石:その話、面白いですね。うつ状態のときって自分の内側にこもりがちだと思われているけど、じつはそこで見ていたのは「外側から見た自分」だったと。本当の自分の内側は、ちゃんと見れていなかったってことですよね。

 

坂口:そうそう。

 

―だから目ん玉のもう半分、「内側に向いている部分」をちゃんと使っていこうと思われたわけですか?

 

坂口:そうですね。そして、それを人にちゃんと見せることで、内側の目を使う技術を上げていこうと思った。それを本気でやったのが『現実宿り』(河出書房新社 / 2016年)っていう小説なんですよ。あれは第1章から第8章まで、うつ状態のときに書いたものですからね。

 

『現実宿り』(河出書房新社)。タイトルは、「雨宿り」から着想した坂口さんの造語

『現実宿り』(河出書房新社)。タイトルは、「雨宿り」から着想した坂口さんの造語

専門家ではない坂口が「いのっちの電話」で救うもの。まずは「電話に出る」こと

―坂口さんが2011年から続けている「いのっちの電話」についてもお聞かせください。東日本大震災後から坂口さんは自身の携帯電話番号を公開し、悩みを抱える人の話を聞く活動を続けてこられました。

 

坂口:何か深い考えがあったわけじゃなく、思いつきで始めたものですね。3.11のときに電話番号を公開して、いつの間にか心の相談を受けるようになりました。思いつきで始めたものって、だいたい飽きるんですよ。でも、「いのっちの電話」は文章や絵を描くことと同じように、ずっと続いています。

 

白石:「いのっちの電話」がすごいのは、まずは坂口さんが「電話に出る」ということ、つまり応答することそれ自体が、悩みを抱える人にとってどれだけ大きなことかを証明したところだと思いますよ。

 

坂口:たしかに、俺に電話してきた人が死んだっていうのは、いまのところ知らせとして俺の耳には入ってきてないですね。

 

白石:まずは電話に出る。そのときに出られなくても、折り返す。悩んでいる人と「つながる」ということが何より重要なんだなあと。そこでどういう返しをするかも大事かもしれないけど、返し方がわからないから悩みを抱える人の電話に出ないというのは、本末転倒ですよね。メンタルヘルスの専門家ではない坂口さんが一人で、「応答するというプロジェクト」を始めて、しかも10年続けてきた。これは、ものすごく意義のある社会実験だと思います。

『苦しい時は電話して』(講談社現代新書 / 2020年) 。1日約10人、「死にたい人」からの電話を10年間受けてきた坂口さんの体験と考えがまとめられた1冊。表紙の番号で「いのっちの電話」につながる

『苦しい時は電話して』(講談社現代新書 / 2020年) 。1日約10人、「死にたい人」からの電話を10年間受けてきた坂口さんの体験と考えがまとめられた1冊。表紙の番号で「いのっちの電話」につながる

坂口:断言しますが、ちゃんとした報酬を払って電話に出る人を1,000人増やせば、自殺者は半減しますよ。確実に。

 

白石:本当にそうですよね。それだけの話なんだけど。

 

坂口:もちろん簡単に考えちゃいけないんだけど、それにしてもみんな難しく考えすぎなんですよね。いろいろ言う前に、まずやってみるのが一番簡単。最近は電話に出るのが俺じゃなくてもいいんだなということがわかってきました。ある程度の特質はあると思うけど、方法を伝えれば俺じゃなくてもできる。この前、10人くらいに手伝ってもらったんですよ。俺にかかってきた電話を割り振って、対応してもらった。そしたら、うまいこといったんです。とにかく、誰かとつながることなんでしょうね。

 

傾聴はしない。ケアにおける「噛み合わない」ことの大切さ

―「いのっちの電話」では、まずつながることが大事だということですが、会話ではどのようなことに気をつけているのでしょう。

 

坂口:最初は俺も対応が下手だったから、相手の話を聞くうちに自分がうつ状態になって死にたくなってしまうこともありました。その人の妄想の世界に一緒に入ってしまっていたんですよね。だから、「いのっちの電話」では次第に「傾聴」というものをまったくしなくなりました。

 

―傾聴をしないとなると、どんなアプローチで臨んでいるのでしょうか?

 

坂口:ポイントは「周波数」ですね。

 

―周波数?

 

坂口:相談者の声の様子から周波数のようなものを感じるんですけど、それによってこちらが七変化で周波数を変えるというイメージですかね。

 

―相手の周波数に合わせる、ということでしょうか?

 

坂口:いや逆で、周波数をズラすんです。微妙に噛み合ってない状態で会話をするのがいい。例えるなら、チューニングがギリギリ合っていない楽器の演奏みたいな感じ。すれ違っているけど、そっちのほうがグルーヴが出るんです。

 

白石:周波数のチューニングをズラすっていうのは、とても興味深いですね。たしかに傾聴して相手の悩みを背負ってしまうと、坂口さん自身 が病気になってしまう。それだけじゃなくて、周波数が合っちゃうと逆に運動が起こらない。これはすごい発見だと思います。「噛み合っていない」という状態は、ケアにおいて、かなり大事な気がしますね。  

 

坂口:いまね、噛み合おうとしすぎなんですよ。

 

白石:そうですね。例えば、最近だとコロナになって「ケアが重要だ」という話自体が、噛み合いすぎているんですよ。コロナで困っている人がいるから助けなきゃいけない、助ける人にはもっとお金をあげないといけない、心のケアもしないといけない……。もちろんそれは政治的には必要なことなんだけれども、ケア論としては「する側」「される側」が明確にわかれているところからスタートしている話なんで、なんかつまらないし、ケアが安く見られているような気がする。

 

坂口:噛み合うと、何かをわかったような、そして相手はわかってもらえたような感じがしちゃうし、特に「ケア」はすぐに「与える」「与えられる」という、わかりやすい話に流れがち。俺にとってそれは危険で楽しくない、地雷ですよ。

 

休息=体を休めること、ではない。長年の研究で見つけた自分とのつき合い方

―SNSなどでここ1年ほど、坂口さんの躁うつの波が穏やかになっていると拝見しました。ご自身では、その理由をどう分析されていますか?

 

坂口:いままでになかったくらい、穏やかですね。うつ状態が3日間くらい続くときはあるけど、寝込まなくなった。理由はいろいろ考えられるけど、「内側の目」を鍛えたり、「いのっちの電話」を続けたりすることで、研鑽を積んできたというのが大きいんじゃないですかね。ようやく、「躁うつ初段」くらいにはなれたのかなって実感はありますよ。

 

もちろん、うつ状態になるとやっぱり大変だし、昨年末も精神的にけっこうやられちゃいました。それでも、まったく動けなくなるようなことはなくなりましたね。いまはうつ状態のときも、朝の5時に起きて活動するようにしているんですよ。

 

―無理はしていませんか?

 

坂口:きついですよ。一般的にうつの人は朝から寝ていますから。でも俺は逆に、5時からいろんな作業をして、なるべく心に充実感を与えるようにしています。そして、夜の9時には寝る。無理やり5時9時のスタイルを作るんです。

 

―アクティブですね。一般的には、うつ状態には休息が必要だと言われていますが……。

 

坂口:そうですね。ただ、俺にとって「休む」って、行動を止めてじっとしていることではないんだなと気づいたというか。うつ状態でも可能な限り動いて心を充実させることが、何よりの休息だったんです。ただ、これはあくまで俺の方法であって、ほかのうつ患者からすればトンデモ理論だと思いますよ。

 

白石:先ほどのチューニングもそうですが、坂口さんの話は、絶対にありがちな所に落とし込まないですよね。必ず自分の体を通す。坂口さんを見ていると筒を思い出すんです。外から入ってきたものを自分のなかに通して、それをダバダバと惜しみなく出す。その流れができていればよくて、滞ると具合が悪くなっちゃう。

 

坂口:白石さん、時々、俺に「通潤橋」の動画送ってきますよね。

 

白石:そうそう。熊本にある、無意味に放水している水道橋があるんですよ。あの圧倒的な贈与感は、坂口さんを彷彿とさせます。

 

熊本県にある「通潤橋」(白石さん撮影)。1854年に建設された日本最大のアーチ式水道橋

熊本県にある「通潤橋」(白石さん撮影)。1854年に建設された日本最大のアーチ式水道橋

白石: 坂口さんはいつも動きの中で物事を見たり考えたりしていますよね。ケアにとっても、「その人なりの動き」を支えるって大事なことだと思います。安静というのはある意味、その人なりの動きを止めちゃうことですから。

 

坂口:寝込んでいると、どうしても外側の目で自分を見てしまうので。それを内側に向けさせるために、無理やり動くって感じですかね。

 

これが、俺の最近のうつ研究の知見です。そのうち、『うつの過ごし方』ってトンデモ本になるかもしれませんね(笑)。

Text by 榎並紀行(やじろべえ) Edit by 𠮷田薫(CINRA)

    2021.02.28