純喫茶や猫をはじめ、こよなく愛するものを惜しみなく発信するモデル・文筆家の小谷実由。「好き」な気持ちを大切に日々過ごす彼女が今、無我夢中で収集するほど偏愛しているのが<櫛>。その数は200本到達目前、そんな彼女が虜になる理由とは……? 第一回は、櫛収集活動のきっかけとなる、運命の櫛との出会いをお届けします。

使わない。眺めるための、櫛コレクション

初めましての方も、何度目ましての方も、こんにちは。小谷実由です。突然ですが、あなたには集めているものってありますか?私は、櫛を集めています。櫛と聞いてすぐにイメージが浮かぶ人はどのくらいいるのでしょうか、櫛を日常生活で使っている人はどのくらいいるのでしょうか。でも、どちらにも該当していなくて全然大丈夫です。おそらく私は、こんなにも1つのものを集めることに熱中するのは人生で初めてだと思います。これからそんな愛してやまない櫛の話をいくつかしていきますので、少しでも気になってくれたら嬉しいです。

 

愛してやまない櫛たち、ほんの一部

主に前髪を梳かしたり、髪の毛の分け目を綺麗に整えたりする、細い歯が綺麗にずらりと並んでいる道具である櫛またはコームとも呼ばれます。私は、これをかれこれ7年ほど集めています。2023年10月現在、集めた数は195本。そんなに使うの?と思われる方もいるかもしれませんが、その中で使用しているのは4~5本程度。その他は全て眺めるだけのコレクション用。もちろん使用していると落としたりして割れてしまうこともあり、そんなときはコレクションの中から生贄のように新しく使うものを出しています。使うのも眺めるのも自分なのに、この瞬間はなんだかとても辛い。

笑ってしまうほどの眩いオレンジに導かれて

そんな私と櫛の出会いは2017年、シンガポールにあるインド人街・リトルインディアで起こりました。宿泊していたのがその近辺で、ホテル周辺を友人と散策していた時のことです。リトルインディアはインドからの移民の方々が多く生活する街。まさにインドに行ったかのように思わせてくれる場所。リズミカルなインドポップスが爆音で流れる中、野菜やフルーツ、電化製品などを忙しく買い物する人々の中に混ざりながら店を眺めていると、煌びやかな髪飾りやアクセサリーを売るお店を発見。別に何か特別欲しいものがあるわけではないけれど、その華やかさに惹かれ、店先で気前良く話しかけてくるインド人青年に誘われ店に入ってみることに。そこで見つけたのがこれから何本と集めていくことになる櫛の、最初の1本(マイファースト櫛)でした。当時、私の前髪は重く分厚く、目にかかるかどうかの長さを保持することを執拗にポリシーとして貫いていました。そんなポリシーの中でも困っていたことが前髪の乱れ。ちゃんとブローをすればいいものの、そんなこともやらないので、いつも前髪を気にしながら生活する始末。そんな面倒くさがりな私の目の前に現れた、今まで見たことがないようなカラフルな色合いの大小さまざまな櫛たち。眺めていると突如頭がぐるぐると何かをレーダーが捉えたように回り始めました。とにかく可愛いし、理由はわからないけどなんだか気になる、なんかちょっと欲しいかもしれない。そんな中で導いた最初の一歩を踏み出す答えが、これは前髪を整えるのに最適なのでは?ということでした。実に合理的だ!と自分の背中を勝手に自分で押し、約13センチほどの持ち運びに便利そうなサイズの櫛を購入することにしました。最初に購入したのは大多数の方と同じ理由、使用するためだったのです。

 

ポリシー貫き時代の前髪。意外と前髪の隙間からちゃんと視界は良好だった。

その櫛の気に入った点はなんと言っても色。今まで小物の類でこの色を使ったものを見たことがないというくらい眩い蛍光オレンジで、見つけた瞬間思わず笑ってしまったほどでした。形は長方形で、持ち手部分には丸い大きな穴が。この穴がなんとも持ちやすい。色以外はとてもスマートなデザインですが、その13センチの世界の中で繰り広げられている四角と丸のバランスがとても魅力的でした。この時、色違いでいくつかお土産用に買って友人たちに配ったような気がするのですが、今ではそれをとても悔いています。あのインド人青年、沢山買えばおまけもつけてくれそうだったなぁ。もっと買えばよかった。あのときお土産で櫛をあげた友人たち、今でもちゃんと使ってくれていたらいいなぁと、時々思い出し考えてしまいます。

人生を鼓舞してくれる櫛を求めて

その後、蛍光オレンジの櫛は私の生活に常に寄り添う存在に。煩わしかった前髪の乱れも、櫛でひと撫ですれば解決。たとえ何度乱れようとも、可愛い櫛で梳かすのでノーストレス。むしろ、その櫛が視界に入る度に良い!と心の中でガッツポーズを繰り返すので気分まで良くなる代物。心身共にサポートしてくれる日常の相棒となりました。数年間、毎日お供してくれたので、今では少し眩しさには落ち着きが出てきましたが、現在のクリーミーな蛍光オレンジもまた良い。出会ったばかりの笑ってしまうほどの眩い蛍光オレンジの姿を思い出したくて写真を探してみたところ、不思議なことにその当時の写真が全く見当たらない。記憶には肌身離さず持っていて、道端を歩きながら前髪を梳かしていた思い出も鮮明に残っているのに。やっとのことで自身のInstagram上であの櫛の姿を発見したものの、既に使い始めてから2年の歳月が経過してからのものでした。今では集めた櫛を写真に撮ることも楽しみの一つですが(それについてはまた追々)写真に撮ることもないぐらい、自分の生活にとても当たり前に寄り添っていたんだと感じ、マイファースト櫛の重みがグッと増した出来事でした。

 

現在のマイファースト櫛。いろんなところにお供してくれて目に優しめな蛍光オレンジに。

出会った瞬間に一目惚れしてしまい、一気に心を占拠していくようなことではなく、じわりじわりと心を侵食していくように好きになる存在であった櫛。便利だから好き!と思うよりも、心躍る色やデザインを見るだけで感嘆し、一人で頭の中で櫛最高祭りを開催する毎日。バタバタと忙しなく日々を過ごしながらあっという間に時間が過ぎていくことに虚しさを覚えていた私にとって、どうしてこの色に?どうしてこの形に?と、心の中で問いかけながら眺める時間は至福の時間。そんな(私にとっては)穏やかな時を過ごすことは、日々を走り抜ける原動力になっています。もしかして、あの蛍光オレンジの櫛以外にも私を鼓舞してくれるような素晴らしい櫛がまだまだ存在するのでは?と、気付くのにそう時間はかかりませんでした。そして、さまざまな店や国に出向いて収集を始めることになります。私の櫛収集人生はこのように幕開けをしたのでした。