時速15km。自転車に乗って走る時、私たちはこの速度で走っている。徒歩の時速4kmや自動車や電車の時速60kmでは気づけないことがたくさんあることを、自転車は教えてくれる。

自転車に乗っている時、そのスピードを「自速」として考えてみよう。早くても遅くても構わない。それがあなたのスピードであり、誰からも邪魔されない心地よいスピード感を体感する時、それは自分のカラダから発せられたエネルギーを体感しているということだ。時計の時間に縛られず、自分の速度「自速」で走り出した時、あなたの意識は拡張され、結果とプロセスが逆転していく。そう、自転車は自身の発想さえ転換させ、あなたの可能性を広げるツールでもあるのだ。

Like A Rolling Stone

自転車の「自」という文字は、他の乗り物に使われる使い方とは異なる。自動車、自動二輪は乗り物「そのもの」が駆動する。つまり主体が乗り物側にある。しかし自転車の「自」が意味することは「自動」ではない。それが意味するところは、あなたのことであり、あなた自身の力を使って「転がして」いく乗り物だ。

そしてそれは路上のアウトサイダーとして都市に存在することでもある。(この日本では)歩行者を守る歩道のルールと、自動車が作った車道のルールの狭間で、自転車はその両方に属しながら、その両方にも属さないため、曖昧な領域を行ったり来たりする必要がある。自転車に乗るという行為は、その異なるふたつのルールを渡り歩きながら、自律性と社会性の中で自己決定していくという行為でもあるのだ。

自転車とは自分の体と意思で、自分の思うように行動するためのツール。

そう、大袈裟に言ってしまえば自転車に乗るという行為は、資本主義やテクノロジーにハックされてしまいつつある私たちの「生活」の主体と身体性を、自らの手に取り戻す行為である。

「移動」は手段なのか?

都市の移動を検討するとき、その目的地まで電車、バス、タクシーなど、さまざまな選択肢の中で最も早く効率の良い手段を選択するだろう。つまりそれらは現在地Aから目的地Bまで点から点へ移動するために時間的効率という点において最適な選択の仕方だ。

これは私自身の経験でもあるし、街中を「業務」として自転車に乗っているメッセンジャーの友人も「半径10km以内であれば、東京はドアtoドアで考えると自転車が一番早い」と言っているように、実際効率面でいっても自転車は有効だ。

しかし、自転車に乗る行為は効率性だけでは測れないことをあなたにもたらしてくれる。

自転車での移動は、目的地にたどり着くための「手段」を提供するだけではなく、もっと豊かな「プロセス」をあなたにオファーする。

電車やバス移動では、街と街は分断され点在しているように思えるが、自転車で移動することを試みた瞬間に、駅や商業や行政区域でエリアとして区分けされた境界線が溶け出し、街と街の間に存在するグラデーションに気づくだろう。そこには住んでいる人たちの生活があり、知らなかったカフェやお店がある。徒歩では、自動車や電車では、今まで見えなかった街の表情の発見は、あなたの生活を豊かにするはずだ。

境界線が溶けていく

こんなふうに自転車という乗り物は、一般的に定義されたものごとを緩やかに溶かしていく。地名や駅で定義されていた境界線が曖昧になり、同時にそのエリアへの理解が深まり解像度が上がっていく。

この「境界線を溶かす」と同時に「解像度が上がる」感覚。街を感じる感覚が変われば、世界の見方が変わってくる。この感覚の獲得こそが、自転車があなたにもたらす可能性の一つである。

これは時速4kmで歩く私たちのスピードを越えた、時速15kmという動力を自分に頼り、自力で走ることで獲得できる感覚である。

かのappleの創業者であるスティーブ・ジョブズも、自分たちの作るコンピュータを自転車に喩えていた。1995年のインタビューで、この自転車のアナロジーを語っている。

それは彼が子供のときに読んだ「サイエンティフィック・アメリカン」誌の記事だったという。その記事では動物の移動効率を比較して、1キロメートルの移動にかかる消費カロリーを色々な動物で比較するという記事だった。クマ・チンパンジー・アライグマ・鳥・魚・人間で計測したところ、コンドルが最も優れているが、「自転車に乗った人間」をこの中に入れると、人間が圧倒的に高効率になるというものだ。人間が道具(テクノロジー)を使用すると人の意識や可能性が飛躍的に伸びていくというインスピレーションを受けた彼は「wheels for the mind(知的自転車)」というメッセージに載せて、初期のMacintoshの広告やカタログにmacをくくりつけた自転車のイラストを使っている。

自転車は自身の可能性を拡張させ、人の創造性や能力を引き出すツールなのだ。

「自速」がもたらす生活革命

車や電車は時速60kmで走り、新幹線は時速250km、飛行機は時速900kmものスピードで移動しているという。歴史上移動手段とは、それにかかる時間を「短縮する」という発想において発達してきた。

移動手段の歴史は、動力を石炭や石油などの天然資源に置き換えながら、移動効率と移動距離を増幅させていった歴史でもある。言い換えるなら、私たちは限りある地球の資源に負荷をかけながら移動しているということだ。

自転車に乗るということは、移動における天然資源の使用を最小限にすることであり、生活環境の中で気候変動をはじめとする環境問題に対するラディカルなアクションである。

世界が抱える問題は大きすぎて、自分では関わることが難しいと思うかもしれない。しかし「自速」で走る時、目に見えるものも変化するが、巡り巡ってエネルギーの諸問題にさえ、私たちはアクセスすることができる。自分のペースで街を知り、自分の力で生活圏を広げていく。その瞬間に世界の出来事の一部分に自分が関わることになる。その行為が「小さなアクション」になりうる。そしてその積み重ねが少しづつ世界を変えていく原動力になっていく。そう、自転車は切り離され疎外された自己を、社会に接続させるツールでもあるのだ。

木村まさし

アパレルブランドALL YOURS代表。1982年群馬県生まれ。大学在学中より大手アパレル小売店で勤務。そのまま社員となり店長やバイヤー、商品企画などの業務に携わる。その後大手アパレル卸企業に勤務した後、2015年7月にアパレルブランド「オールユアーズ」を設立。2020年より「Switch Standard project」を開始。小さな変化がつくる可能性を模索している。

    2020.12.18