足利敏浩

BLUE LUG(ブルーラグ)代表。東京の渋谷・世田谷・代々木公園に店舗を構え、毎日乗れるピスト・シクロクロス・ロードバイク・マウンテンバイク・ツーリングバイクなどあらゆる自転車にくわえ、自転車にまつわるパーツ、アパレル、バッグ、雑貨を豊富に取り扱っている。ほかにも、喫茶・食堂・酒場として使える「LUG HATAGAYA」の運営や、2020年11月には床屋「HUB」をオープン。

 

林厚見

SPEAC共同代表 / 東京R不動産ディレクター。1971年東京生まれ。不動産セレクトサイト「東京R不動産」や、空間づくりのウェブショップ「toolbox」のマネジメントの他、建築 / 不動産 / 地域の再生・開発のプロデュースや、飲食・宿・広場などの運営を行う。共編著書に『東京R不動産2』(太田出版)、『だから、僕らはこの働き方を選んだ』(ダイヤモンド社)、『toolbox 家を編集するために』(CCCメディアハウス)等。 ブログ「快楽サステナブル」を執筆。

自転車カルチャーが根付いていない当時に注目した、ピストバイクやメッセンジャーカルチャー

──BLUE LUGは2006年にオンラインストアをオープン、2007年に路面店を開いたんですよね。まだ自転車カルチャーが今ほど日本に根付いていない当時、足利さんがBLUE LUGを始めたきっかけはなんだったのでしょう?

 

足利:16、7年前ぐらいに、当時サンフランシスコに住んでいた友人から「現地で競輪バイクが流行ってる」と聞いて。彼女が現地の友達を日本に連れてきて、競輪のパーツを買い漁って、ちょっとした工具を使ってその場で自転車を組み立てて、それを段ボールに詰めてアメリカに持って帰っていく姿を何回も見ていたので、見よう見まねで自分でも自転車を組んで乗り始めたんです。

 

それが日本でピストバイク(競輪選手がトラック競技に使っている自転車。単速ギヤ、固定ギヤ、ブレーキがないことが特徴)を広めようと思った原体験というか。

足利敏浩(BLUE LUG)

──そこからお店をやるほどまでに?

 

足利:そのピストバイクには通勤のときに乗っていたぐらいなんですけど、そこで自転車の気持ち良さに目覚めて、ピストについてのブログを始めたんです。当時ピストのブログをやっている人なんていなかったので、「どうやって買えるんですか?」みたいなコメントがいっぱい来て。その流れでオンラインショップを作り、自分が当時やっていたアパレル会社よりも自転車に費やすエネルギーや時間が多くなってきたので、自転車の店を開くことにしました。

BLUE LUG HATAGAYA

──BLUE LUGは自転車だけでなく、メッセンジャーバッグやファッションアイテムなども販売しています。自転車だけでなく、その周辺のカルチャーも発信しようという思いは最初からあったのですか?

 

足利:そうですね。僕自身、メッセンジャーバッグがすごく好きなんですけど、あれってすごく濃い意味が背景にあるんです。メッセンジャー(書類や荷物を運ぶ自転車便)ってローカルビジネスじゃないですか。世界のメッセンジャーカルチャーがある地域には、必ずメッセンジャーバッグを作る人がいて、街の結びつきや繋がりでビジネスが成立しているんです。

 

たくさん運ぶのが正義という人、とにかくコンパクトにする人、安全面重視でリフレクターをつける人、かわいい刺繍をする人、それぞれの用途や好みに合わせて全部1点もののメッセンジャーバッグが存在していて。実用的だけど個性があって、ボロボロになっても作った人に頼んでまた直せる。そういうのがめちゃくちゃかっこよくて。

BLUE LUGで取り扱っているオリジナルのメッセンジャーバッグ「THE MESSENGER BAG」

──オリジナルのメッセンジャーバックはBLUE LUGの初期からラインナップされていますよね。

 

足利:僕らのような小さな店だと、商品一つひとつの個体差や違いを売りにしたほうがオリジナルになれますからね。今でこそ幡ヶ谷という街は注目されていますけど、オープンした当時はここまで来たいと思っていただくには、品揃えでびっくりさせて予想を超えていかないといけなかった。だからとにかくおもしろいものを揃えないと飽きられちゃうぞっていう気持ちはありました。

取材はBLUE LUGが運営するLUG HATAGAYAで実施。店内には自転車のフレームやパーツが飾られている。写真中央の変わった形の自転車はイタリアのブランド「Cinelli(チネリ)」の競技用ピストバイク

もう少し自転車のことを知ってもらいたい。今のままだと自転車がかわいそうだなって。

林:僕は今日、対談というより聞き手になりたくて……質問したいことが山ほどあります(笑)。メッセンジャーカルチャーとピストバイクのカルチャーはイコールに近いんですか?

左から足利敏浩さん、林厚見さん

足利:かなり近いです。ピストって部品の少なさもあって、かなり合理的な作りなんです。デリバリーをする人は自転車が壊れたらどうしようもないじゃないですか。メッセンジャーをやっている人って仕事として収入を得るためにやっている人も多いと思うんです。そうなると支出は少ない方がいいですし、長い目で見たらパーツが少なくて壊れない自転車のほうが、ロスが少ないんですよ。

 

あと、軽々しく「メッセンジャーカルチャー」って言えないぐらい、メッセンジャーたちは、仕事に対する誇りもこだわりも強くて。メッセンジャーのイベントがあると世界中から人が集まるんですよ。自分が場所に体を運ぶことで仲間へのリスペクトを表したり、メッセンジャーというコミュニティや精神性の中にみんないるということを表現していて。

BLUE LUGで取り扱っているピストバイク「LO PRO」ニューヨークのブランド「AFFINITY CYCLES」のもの

──それって「仕事」という枠を超えた生き様ですよね。

 

足利:超えてますね。自分が自転車を好きになるきっかけをもらえたメッセンジャーカルチャーに対して、僕はこれからなにができるんだろうと考えた時に、そもそも世の中の自転車に対する期待値が低すぎると思ったんです。だからもう少し自転車のことを知ってもらいたい。今のままだと自転車がかわいそうだなって。

足利敏浩(BLUE LUG)

──「自転車がかわいそう」?

 

足利:みんなもっと自転車に期待していいと思うんです。たとえば、なんでUberEatsが流行っているかっていうと、少なくとも東京においては、結局自転車がいちばん低コストで速いからっていうのがひとつの理由。車や電車より時間を読めるし、目的地まで自分の好きなように行けて。

 

林:もちろん、物流という意味では車が都市間を結ぶことは合理的なんですけど、都市内での「人の移動」においては、基本的に車って不要なんですよ。ヨーロッパでは1970年代ぐらいから中心都市が車だらけになって人が歩けなくなっていった。そこから少しずつ、都市から車を追い出してきた数十年の歴史があるんです。

 

僕も自転車が好きなんですけど、自転車に乗っていて個人的に感じるのは、自分と一体化したようなフィット感の気持ちよさ。デスクやパソコンから離れて、「自分」になれる感覚があります。

林厚見(東京R不動産)

今まで乗っていた自転車とは全く違う世界。自分の「延長」になるような自転車がある

足利:自転車って自分の感覚が活きますよね。自分にイニシアチブがあって、自分の意思次第でどこにでも行けるんです。僕の場合、他の乗り物だと、どうも他人の意思に組み込まれてる感じがするというか、自分の意思が小さくなる気がしてしまって。

 

林:僕、学生時代は普通の自転車で通学していましたけど、その時に「自分自身」って感じはしなかったんですよ。単に「駅が遠いから自転車だよね」「遊びに行く時はチャリだよね」って感じで。でも、かっこいい自転車屋が増えてきて、30歳を過ぎてから、「自転車ってこんなにいいものなのか」ってなったんですよね。

 

ある時いい自転車に試乗させてもらったら、「なんじゃこりゃ!」と驚きだった。体感として、どうやら自分が今まで乗っていた自転車とは全く違う気持ちよさがあるんだと認識したんです。なんていうんでしょうね……要は「乗る」というより、「自分の延長」になった。

1980年代のドイツ製自転車「トリックサイクル」

──そんな体験ができることすら知らない人がきっと多いですよね。

 

足利:これまで本当に必要な自転車がなかったんだと思います。だから、自転車っていいよねって思えなかっただろうし、評価が低かった。ロードバイクはスポーティ過ぎるとか、BMXじゃあまりスピードが出ないし疲れてしまうよねとか、じゃあ値段の安いママチャリでいいかなってなっちゃう。ファッションだって体格だって、乗るシーンだって一人ひとり違うのに、自転車だけそんな雑な分類でいいわけはなくて。一人ひとりの個性に合った自転車があるといいですよね。だから僕らは、店の自転車を「エブリデイバイク」って名づけて、本当に暮らしに必要で、毎日乗るのに最適なものを提案しているんです。

自分を自転車に寄せなくていい。ファッションやライフスタイルに合った一人ひとりのための自転車

──「エブリデイバイク」は、フォルムやスタイルは決まっているんですか?

 

足利:基本的には荷物を入れるカゴが似合うようにしたいと思っていて。カゴや泥除けってダサいと思われている風潮もあるんですけど、だからといって、夏にリュックを背負って自転車乗るなんて暑くて嫌じゃないですか。そういうものも意思を持って素敵にしていくのがかっこいいと思うんです。

BLUE LUGが提案しているエブリデイバイク。アメリカ・ミネアポリス生まれのブランド「SURLY」の「STRAGGLER」

林:ちなみに、僕はロードバイクに乗るようになってから自転車に気持ち良さを感じたんですよ。その気持ち良さが以前の移動手段とは違う世界を教えてくれたし、初めて明確に「自転車が好きだ」って感じられた。でも、「エブリデイバイク」はスピーディに走ることによって何かを発見するような発想ではないですよね。それって、今みんなが普通に乗っている自転車と何が違うんですか?

 

足利:たとえばですけど、サイズもデザインも合ってない服を着るのって嫌じゃないですか。服を選ぶように、自転車も自分の好きなようにしたほうが、精神的にもペダルが軽くなるし、乗りたくなる。相性がいいパーツを考えて、適切に自転車を組めば物理的によく進むし、まさに「自分」感が出るんですよ。

 

──でも、パーツを組み合わせて自転車を組むとなると、当然コストも上がるわけですよね?

 

足利:そうです。うちはだいたい20数万円から。僕らも手頃に乗ってもらいたいのですが、ある程度のクオリティを考えるとそれくらいになってしまうんです。逆に言うとその値段以下の自転車はどこか妥協しないと作れない。最初は出費にびっくりすると思うけど、いざ乗り始めたら、気づけばいろんなところに自転車で行ってしまっていると思います。

 

たとえばスポーツタイプの自転車となると、ピタピタの服を着るイメージがあるけど、「自転車ってそういう覚悟が必要だぞ!」というものでは決してないんです。自分を自転車に寄せなくていい。こういうファッションが好きで、こういうライフスタイルを送っているって言ってくれたら、それに沿って組んでいきます。

足利敏浩(BLUE LUG)

林:ある意味、自転車にもっと投資する価値があるってことですよね。

 

足利:ありますよ。たとえば幡ヶ谷から渋谷まで毎日通うとする。片道10分、往復で20分時間が短縮されるでしょ。調子がいいもんだから、もっと行動範囲広がりかねないし、自分に合ったかわいい自転車だから褒められるでしょ。その気持ち良さにもっと投資してもいいと思います。

自転車に乗って暮らしていると、同じエリアで過ごしている人たちと縁が生まれて、知り合いが増える

──先ほど、ヨーロッパのお話もありましたが、自転車人口が増えていくと、街はどういう変化をするんでしょうか?

 

林:物理的な日本の都市の変化は急激には起こらないけど、僕らの日々の選択や楽しみ方、住む場所や働き方は変わるだろうと思います。僕の場合、「チャリ通じゃないと無理」って思ってからは、家賃が高くなったとしても自転車移動圏内で家を選ぶようになりました。自転車というものが高い市民権を得ていくと、不動産的には都心の家賃がもっと高くなるかもしれないなとは思います。

林厚見(東京R不動産)

──林さんは不動産業をされていて、コミュニティや新しい価値観が生まれる場所ってどういうところだと思いますか?

 

林:一方で、新しい文化的な芽生えが起こるのって、周縁的な場所なんですよね。隙間があったり、家賃が少し安いとか、そういう場所にクリエイティブな人がいく。BLUE LUGがある幡ヶ谷も、都心に近い割にはヒューマンスケールで、それこそ自転車があると便利な土地だし、多様性もありますよね。東京の東側でいうと蔵前などが近しい感覚でしょうか。何かを新しく始めたいという人は、そういう場所を見つけることが大事かなと思います。

 

足利:自転車に乗って暮らしていると、同じエリアで過ごしている人たちとご縁が生まれて、まわりが知り合いばっかりになるんです。それは自転車圏内で動ける範囲でものを買ったり、ご飯を食べたり、生活をしているから。たぶん、電車に乗って生活している人は、自分の住んでる場所にはなかなかコミュニティが生まれづらいんじゃないかな。

 

僕らはLUGってレストランもやっているのですが、有名店でもないのにコロナ禍で売り上げが伸びたんです。自転車でつながった人たちがみんな心配してくれたのかなと感じています。そうやって振り返ってみると、自転車をきっかけに、僕らなりのコミュニティやカルチャーができていたんだと思います。

LUG HATAGAYA

林:コロナの影響で仕事がリモートになると、自分が暮らしている地元という場所で、人との繋がりを始めとした人間的な幸せを享受して生活する時間がきっと増えてきますよね。そうすると地元の好きな場所が潤う構造にもなっていくと思うんですけど、それって自転車というものとすごく合っていて。自由業の人だけじゃなくて、たとえばサラリーマンなど、より多くの人が地元を楽しむことを基盤にするようになったら、皆が本来の人間らしい生活に回帰していくことになると思います。満員電車で高層ビルに集まるなんて、ある時代の歪んだ形ですからね。

Text by 飯嶋藍子 Photo by 寺内暁 Edit by 野村由芽(CINRA)