櫻本真理

株式会社cotree/CoachEd代表取締役。NPO法人Soar理事。2014年にオンラインカウンセリングとコーチング事業を行うcotreeを設立し、2020年1月には「チームを育てるリーダー」のための短期集中プログラムを提供するCoachEdを設立。やさしさでつながる社会を目指し活動している。

気軽に相談できる場をつくりたい。自身の経験で知った日本の現状とカウンセリングの大切さ

―はじめに、どのようなきっかけでcotree(コトリー)を立ち上げたのでしょうか?  

 

櫻本:メンタルの不調は、人にはなかなか相談しづらいものです。私自身、証券会社に勤めていたときに睡眠障害になり、メンタルクリニックへ行った経験があるのですが、そのときの診療はたったの5分で、とりあえず2週間分の薬を処方されました。でも、いろいろな要因が複雑に絡まって症状が出ているのだから、薬を飲んで治るものではないんですよね。だからといって、大学で心理学を学んでいた自分すら、誰かに気軽に相談できる場がなかった。カウンセリングでは、時に家族にも言えないくらいの深い悩みを話すこともあるので、安心して相談できることが大切です。こういった心の状態にまっすぐに向き合う場が必要だと感じて、2014年にオンラインカウンセリングサービスを提供するcotreeを立ち上げました。

「心の問題を抱えたとき、頼れるのが病院だけでいいのか」という櫻本さんが抱いた一つの疑問からcotreeが始まる

「心の問題を抱えたとき、頼れるのが病院だけでいいのか」という櫻本さんが抱いた一つの疑問からcotreeが始まる

―その当時、「カウンセリングに行く」ということに、そもそも馴染みがなかったと。

 

櫻本:そうですね。それこそ欧米、特にアメリカでは、カウンセリングは日常的に用いられています。家庭にはファミリーカウンセラー、学校にはスクールカウンセラーがいて、病気とは関係なく「ちょっと不安だな」と思うときに相談できるサービスが充実しています。日本は、それに比べるとあまり普及していないのが現状でした。

 

その原因としては、カウンセリングが高額であること、住んでいる地域で良いカウンセラーを見つけるのが難しいこと、お金を払って他人に悩みを相談することへのハードルの高さなどがあるようです。そこで、手頃な価格で、匿名でも顔出しナシでも大丈夫で、いつでもどこでも自分に合ったカウンセリングを受けられる場を作ろうと、私たちはオンラインに特化したサービスを立ち上げました。

 

―サービス立ち上げ時に櫻本さんが大事にしたことはなんですか?

 

櫻本:メンタルに不調をきたして落ち込んでいるとき、つまり病気の状態に近いときというのは、まわりの人に頼ることができなくなってしまう。さらには自分を責めて殻に閉じこもったり、視野が狭くなって思考能力が落ちたりして、新しい選択肢を探すのが難しくなることも多いんです。

 

だから私たちはこの7年間、誰にもバレず、できるだけ安全で気軽に相談できる仕組みづくりを徹底してきました。ですが、カウンセリングもオンラインサービスも一般的ではなかった当時、cotreeのサイトまではたどり着いても、まだカウンセリングを受けることに抵抗感のある方が多い状況でした。しかも、メンタルヘルスのサービスはリアルの口コミが広がりづらいんです。占いなら友人に紹介できるけど、カウンセリングは気軽には紹介できない。なかなかサービスが広がっていかないなか、2年半くらい前からSNSを活用し、運営側が顔を出して積極的に発信を行ったり、ユーザーの声を紹介したりしています。いまでは、実際に利用してくださったユーザーが気軽にcotreeを紹介してくれるような空気感になってきていますね。

 

「やさしさ」は、想像力と知性でできている

―以前ほかの取材で、「やさしさ=甘やかすことではない」と発言されていましたが、櫻本さんが考える「やさしさ」とは?

 

櫻本:「やさしさ」は何でできているのかを考えてみたとき、2つの要素があると思いました。一つは相手のことを思いやる「想像力」、もう一つは「知性」です。相手を思いやりつつ、その人にとって良いこと、は何かを考えられることが、私の思う「やさしさ」です。

 

何があればその人は安全で、成長や良い変化につなげられるのか。どうしたらその人の視野や可能性を広げたり、大切にしている価値やものごとの見方に変容をもたらしたりすることができるのか。そんな、人の力を活かすような関わりこそが、「やさしさ」だと考えています。

 

―相手への「想像力」は、どのようにすれば鍛えられるのでしょうか?

 

櫻本:一番簡単なのは、自分が体験することです。私も自分が妊娠してみてはじめて、「妊婦さんってこういう感じなんだ」「妊娠しながら働いている人はこんなトラブルを乗り越えながら働いていたんだ」と実感しましたし、さらには子育てをする人の大変さを想像することができました。ですが、他者が体験したことを自分も全部体験するのは不可能なこと。そこで必要になるのが「想像力」です。

 

その人がどんな環境に置かれていて、どんな苦しさや嬉しさがあって、なぜそんなことを言っているのか。「自分とは何が違うのか」という部分に心を開くことが重要だと思います。人は自分とは違う意見に心を閉ざしてしまいがち。たとえば誰かが「今日は暑いよね」と言ったとき、そう感じなければ「いや寒いよ」と言ってしまいそうになるところを、いったん受容して、「どうしてそう感じるんだろう。もしかしたら今日は体調が悪いのかな」とか、「洋服を着こみすぎているのかも」などと、その発言の前提を想像してみる。

 

このように、一度視点を自分から外して想像する。もし想像しきれないときは、本人に聞いてしまえばいいんです。「そうか、暑いんだね。だとしたら、いま私に何かできることはある?」と。問いを投げかけることで、こちらも知ることができるし、本人が考えるきっかけにもなる。こういった対話は非常に重要です。

cotreeでは、ビデオまたは電話で「話すカウンセリング」と、話すのが苦手な方でもゆっくり考えてカウンセラーにメールで伝えられる「書くカウンセリング」を提供している

cotreeでは、ビデオまたは電話で「話すカウンセリング」と、話すのが苦手な方でもゆっくり考えてカウンセラーにメールで伝えられる「書くカウンセリング」を提供している

―以前、ご自身のnoteで「変わらなきゃと思ったら、変えるアクションを取る前にまずは安全な居場所を確保したほうがいい」とも発信されていました。

 

櫻本:弱っているときや、調子が悪いときって、そこにとどまっているのがしんどいときなんです。人は危険を感じていると、自分を守るために視野を狭めて筋肉を硬くし、いまの場所から動かないという選択をしがちです。その状態で広い世界を見ようとすると、かえって怖くなったり不安が広がってしまったりする。だから変わるためには、まずは自分に安心感が持てて、安全な状態を作れる場に身を置くことを考えてください。

 

そして、「自分がいま何から身を守ろうとしているのか」に気がつくには、他者からの問いかけや対話が有効です。やがてその原因にしっかり目を向けられるようになると、自分の本当の不安や願いに確信が持てて、一歩前に進む勇気が出るんです。

 

オンラインの対話にも工夫を。良い循環を作るためにできること

―コロナ禍により、オンラインでのコミュニケーションが増え、ストレスや不安を感じる人も多いと聞きます。

 

櫻本:これまで、話す相手の表情などから非言語情報を読み取るようなコミュニケーションをしていた人は、オンラインの大変さを特に感じているのではないかと思います。一方で、言語情報に頼って話す人や、言語能力の高い人は、オンラインのほうがやりやすいとおっしゃるかもしれません。合う人も合わない人もいるので、「オンラインだからコミュニケーションがストレスになる」と一概には言えませんが、感覚的な部分が無視されがちになってしまうという事実はあると思います。

 

―言葉以外の情報に頼って話をする人が、オンラインのコミュニケーションで気をつけるべきことはありますか?

 

櫻本:そういう人は、人と話すときに感情や感覚を重視します。いままでは職場で顔を合わせながら何気なく話していたような、業務以外の他愛もない話題だけど意外と重要な情報が共有できなくなることにストレスを感じる。実際にオンラインのミーティングは目的指向性が高まってしまい、雑談が減りがちです。なので、グループで話すときは、オンラインに慣れていない人にも配慮することが大切です。最初から本題に入るのではなく、そのときに感じていることをシェアする時間などを設けても良いでしょう。

 

―コミュニケーションの方法が変わったことで、他者との関係性にも大きな変化があった、と。

 

櫻本:人は関係性のなかに喜びを感じたり、やりがいを感じたりするものです。「この人のためならがんばれる」という関係性があればモチベーションになりますし、関係性が失われてくるとモチベーションも下がってしまう。だからこそ、気づくための感情的なシェアが非常に重要になってくると思います。

 

企業・個人とcotreeが共同で、従業員や顧客、医療従事者など必要な人々に向けて無償でオンラインカウンセリングを提供する「新型コロナ メンタルサポートプログラム」も実施中

企業・個人とcotreeが共同で、従業員や顧客、医療従事者など必要な人々に向けて無償でオンラインカウンセリングを提供する「新型コロナ メンタルサポートプログラム」も実施中

良い関わりには相互性があり、「やさしさ」は無限に増幅する

―個人同士が「やさしさ」でつながるためには、何が必要でしょうか?

 

櫻本:ここでも、相手の「安全」と「成長」と「意味の変容」を起こしていくことが大切です。メンタルの不調が出ている人に対しては、まずその人が安心でいられるような関わりをすること。先に進んでいきたい、変わりたいと前向きな人には、その人が持っている力を伸ばしたり視野が広がったりするような関わりを重視する。「その人」にとって必要な関わり方がどのようなものであるかを想像することが大切だと考えています。

 

―今後、櫻本さんが目指すのはどのような社会ですか?

 

櫻本:私たちはcotreeのほかに、CoachEd(コーチェット)という会社も運営しています。リーダーやマネージャー、親や教師、人に影響を与えるポジションの人たちが、人を活かし育てる力を身につけるためのプログラムを提供しています。なぜこのサービスを始めたのかというと、手助けを必要としている人がいるとき、もちろん専門家の存在も重要ですが、何よりもその人の力を活かせる人が、身近にいることが大切だと考えたからです。

 

人を活かし育てられる、そして相手にとっての安全と成長と変容を与えられるような関わりを作ることは、自分自身の可能性を広げていくことにもつながります。これからの時代、誰もが身につけておくべきヒューマンスキルであり、これこそが「やさしさ」だと思っています。そして、そういった自分や他者への理解を深める場を作っていくことが、私たちのミッションです。

 

「やさしさ」は無限に増幅していくものです。人と人との関わりは相互性が強いので、自分が良い関わりを提供すれば、相手から受け取るものも良くなっていく。喜んでもらうことが、自分の喜びにもなる。まずは自分と身のまわりの人との関係から始めてみましょう。「やさしさ」の循環を意識しながら関わりを広げていくことで、より良い社会になっていくと思います。

Text by 宇治田エリ Photo by cotree Edit by 石田有紀(CINRA)

    2021.03.19